たゆたう

20歳のとき、中学3年生の頃の自分から手紙が届いた。中学校卒業のときに書いたもの。その頃の私は今よりも絶望していて、そんな自分からの手紙は少し重かった。でも、まだ夢を見ていた。

 

「20歳の私はどこに住んでいる?ー実家ではないところ」

「将来の夢は?ー児童指導員」

 

この頃から家を出ることが一番の目標だった。そして、この頃は、児童指導員になりたかった。自分は児童指導員になる、それだけを夢見ていた。夢見ていたというか、そうでもなければ自分は存在してはいけないという気持ち。切望。本当になりたかったのかと言われるとわからないくらい。この頃の私は、人を救うこと、それだけが正義であり、生きがいであると思っていた。自分がしたいことは何?ではなくて、私が生きていて許される仕事は何?というのが近かったのかもしれない。人を救うために生きるのではなくて、生きるために人を救うという形に近かった。生きる意味がない自分を他人が彩ってくれる。そのための対価なら体ごと、心ごと差し出す。

本当はカウンセラーになりたかった。本当に、純粋に、純粋に。でもそれは難しいと思った。現実的に。

高校生のとき、夢は夢のままで終わらせた方がいいのかと思い、違う夢を探した。辿り着いたのが社会福祉士だった。

カウンセラーを諦めたのは、金銭面。それは大義名分。そんなの、どうにだってなった。実際は、「人を救うふりをして、自分が救われるなんてこと、許されない」という気持ちがあったから。なんとなく、私は、心を病んだ人が、心の対話をする仕事に就くことに抵抗があったし、そのような人に対して、見下す、見くびるような感覚があった。実際は自分が救われたい人だけではないのはわかっていたけれど、どこかで、「ああ、この人って人を救いたいようで、自分を救いたいんだな。結局「その地点」にしか立てていないんだな」と思っていた。私を追ってくれていた人の中でも、たくさんいたと思う。でもそんなあなたを私は少し下に見ていました。ごめんなさい。でも、この、「自分は違うんだ」を味わう為だけに、たくさんの遠回りをした。実際、色々な人と関わる中で、「自分がしんどい思いをしているなかで、それでも夢を叶えた人」があまりいなかったのも、自分のこの考え方を後押ししたのかもしれない。言葉にするのが難しいのだけれど、冷笑に近い。「この人、人を救うフリして自分が救われたいんだ?」、または、「まだ自分を見れていなくて、可哀想。私は違う。なりたい仕事とやれる仕事が違うことは、よくある」。そんなふうに思っていた。でも、多分、挫折したとしても、自分がしたいことを追い求めるのは何も恥ずかしいことじゃないと、この歳になってやっと気づいた。泥臭くやってみて、ダメだった、それなら諦めがつく。でも、私は、「私って他の人と違って、自分を制しててかっこいい」とまで思っていた。自分に浸っていた。それこそ恥ずかしいことなのに。

児童指導員だって、なりたかったのは間違いないけれど、自分の中では「中学生でこんな職種を志してるなんて、他の人と違う」という感覚もあったと思う。実際、中学生の頃に児童指導員を知っている人はそこまで多くなかった。話を聞くと、みんな、「そんな仕事があるんだ。人の役に立つ仕事だね、すごいね」とか、「勉強家だから中学生でもうそんな仕事を見つけたんだね」みたいな反応だった。それにも浸っていた。

 

22歳。大学を卒業することさえできず、途方にくれている。ADHDによるほんの少しのミスで、たった1単位で卒業を逃した。これが、自分の本当に、心からしたいことだったら、本当に悔しかったと思う。

2月に単位不良の連絡が親に行った。

母親が「これ以上は無理だ」というので、私は粘りもせずに「退学するから大丈夫!」と笑った。本当に本当にやりたいことだったら、ここでもっと、「どうしてもやりたい」と言っていたと思う。どんなに母親が怖くても。でも、そのときの私は、ぼんやりと、「また、何にもなれなかった」とだけ思っていた。

周りの人達が、「可哀想」だと思わないように、私はニコニコと演技をした。考えうる限り一番の、私、ダメージを受けていないですよ、を演出した。

「私、初めて「できないことがある」って認めてもらえたんです、これで、やっと。大学をギリギリで卒業できない、うっかりさん。やっと私はその称号を手に入れました」

「私は家から出ることが一番の目標だったから、大学を卒業できるかなんてどうでもいいんです。」

「思ったより落ち込んでいないんです、私。本当にやりたいことじゃなかったからかな」

 

スラスラと言葉が出てきた。

慣れているから。

人を失望させない言葉、人を喜ばせる言葉を出すことは、得意だ。

誰も疑わなかった。

 

でも、本当は。本当は、気付いて欲しかった。こんな大事件のあとに、こんなに冷静で、ヘラヘラとしているところを、当たり前におかしいことだと気付いて欲しかった。

私は人を丸め込ませるのが上手い。饒舌に喋る。相手に悩む余地を与えさせない。そして、相手はそれに頷く。私は勝手に傷つく。そこへ導いているのは自分なのに。こんなふうに言われたら、よかったと返すしかない。それをわかったうえで、話す。そして、傷つく。こんなこと辞めたい。いつもそう思っているのに。

カウンセリングや診察で、私は最初から答えを用意している。例えば、AとBで悩んでいるとする。私は、「今日は、このことについて話したいです。私は、AとB、どちらにするかで悩んでいます。Aにはこんなメリットがあり、こんなデメリットがあります。Bにはこんなメリットがありますが、こんなデメリットがあります。私としてはAがいいのかなと思っていますが、意見を聞いてもいいですか?」と話す。そこで、相手がBを推したとする。私はすぐさま、「でも、Bはこんなところがダメだと思うんです。Aはこんな利点があるけど、Bはこういうところが自分には合わないと思いませんか?」と返す。このような対話を重ねていくと、だんだん相手はAを推し始める。その瞬間、してやった、というように、私は、「そうですよね、Aがいいですよね!悩んでいたので助かります!」と会話を終わらせる。会話のようで、会話ではない。確認作業。「私はこう思っているけど、間違っていないよね?」という感じ。私は、こういう関わり方しか、知らない。

 

何が書きたいのかわからなくなってきた。ただ、自分はこんなに浅ましい人間なんですよ、ということを伝えたかった。

これを読んでいる皆様が期待しているような美しい人間ではないですよ、ということを吐き出したかった。

全くもって聖人ではない、もう何者でもなくなってしまった私のことを、それでもまだ見てくれている人がいたらいいな、という気持ちでこれを書きました。

「宣誓、私は死にません!」2

昼下がり、劈く寒さの中、私は暖かい部屋の中にいた。目眩がしそうなほど暖められた愛情まみれの部屋に、今思えば愛情故の、軟禁だった。窓から出ようと思えば出れるが、ドアの鍵は締められていた。生きている───後に閉鎖病棟で感じることとなる「守られている安心感」の根源はこれなのではないかと思うことがある。自由ってなんでもできるけど、責任が伴うから。不自由ってできないことも多いけど、責任はないから。それに自分は安心していたんだ。

 

初めにドアをノックしたのは高1担任だった。

 

「───児相に連絡をして、今晩お願いしますと言ったら、児相はやっぱりネグレクトとかじゃないと動けないって言われて、病院と連絡を取ればいいんじゃないかって言われた。児相は母親が病院を予約して病院行けるようにならないか、って言ってて、それは難しいと思って、いや、って言ってたけど、やっぱ児相ってわかんないよ、本当に。全然話聞いてくれなかった」

「ふふ、やっぱりそうですか?───親のせいで病院に行くのに───親に連絡させろ、というのももどかしいですね。それなら私は病院という選択肢は取りません。」

「でも、できるだけ長い間○○さんのそばにいたいから、管理職から許可もらって、特別なんだけど、ほんとに特別待遇なんだけど、午後から生徒立ち入り禁止だけど、ここになら居ていいことになったから。……ただその後がすごく先生は心配なんだ。1週間も休みあるし。今日はどうにかできても明日からは無理だから……」

「パンもらった?」

───そう、この日授業が詰まっていた高1担任は社会担(20代前半、屈強男性)にパンを買ってきてくれと頼んでいた。胃腸が弱く、食欲もなかった頃なので、先生はそれを考慮してパンを選んで欲しい、と財布を社会担に託した。これが大波乱を呼ぶこととなる。

 

「え、これ……?」

 

先生は私がもらった「それ」を見て微妙な顔をした。チョコのパン、ウインナーのパン、そしてあんぱん。「俺、軽いものって言ったよね……?」ここで誤解が生まれるのだが、社会担は決して意地悪で買ったのではなく、自分なりの軽いものを買ってきたのだった。ここからまたその言及も会話に挟まれる。

 

 

数人の先生がやってきて、色々な話をした。覚えてることを振り返ってみる。

 

───高2担任が笑いながら言う。

「社会担先生、懺悔してください」

「えっ俺何かしました?」

「なんですかこのパン!」

「まじでこれ食えてないからね1口だよ?1口」

「あ、それはもう職員一同に言われましたね」

「重いの避けろって言ったのに!チョコ!あんぱん!油っぽいウインナー!」

「……これはてへぺろしてれば怒られないやつですかね、……そうか……これは重かったのか……」

「胃に優しい系って言ったよね!?」

「だって選ぶときに自分が食べたいとか自分が美味しそうって思うものチョイスしてるよね笑笑」

「そう、筋肉つくかとか。」

「確かにサラダチキンとかじゃないだけマシだけど」

「俺の中では結構優しかったんですけどね……カツサンドとか揚げパンとかあったんで、クリームあってもきついしなって思って、、えっコレとか食べれない?コレとか……ええ?クリームじゃないんだよ?」

「そう思ったの?そう思ったのにこれ選んだの?なんで?」

「セブンのパンって…濃いんすよ。」

「サンドイッチとかランチパックとかでしょ普通」

「いや考えました!サンドイッチは売り切れてて、ランチパックはハムマヨ?とかしかなかったんですよ!」

「その判別がつくのにアンパンなの!?」

「人選ミス」

「ねえもう俺ら勝負する?俺たち(高3担任、数学担、社会担)でさ。1番いいもの買ってきたら勝ち。値段は厭わない。」

「それ1番高いの買ってきたやつが勝ちじゃないっすか」

「あのちょっと食べたんやね?無理やった?」

「いいから言葉にしてもらわなくても結果出てるから察してあげてくれ」

「惨敗……」

アンパンマンってこれから呼んであげようか?」

「確かに全盛期だけど」

「いや、待って?アンパンマンに全盛期なくない?みんな観てない?」

「え、あ、たしかに。みんな全盛期か」

アンパンマン、脳みそがあんこになって考えられなくなっちゃってるよ」

「じゃあ、とりあえずアンパンマンでいくか……」

「これはナイショの話なんやけどこのパン(ウインナーのやつ)俺も欲しくて買ってん。一緒に食おうな」

「やっぱ自分のほしいもの選んでる!?」

「食べたがってるじゃんだって」

「何が良かった?スティックパンとか?」

「プリンとか?ゼリーとか?」

「うわーゼリー買ってくればよかった、、」

「主食3つっていう衝撃ね」

「いや、でも、僕に買いに行かせた皆さんも悪いですよ」

「うわ、出た出た出た笑笑」

「こういうところだわ〜」

 

部屋が笑いで埋まる。温もりで溢れる。

数学担の異常な食生活についての話になった。先生はなにか白いものが浮いたご飯やら、半年賞味期限の切れたランチパックやら(なお、リュックの下で毎日持ち歩いてたことも判明)を食べるらしい。高1担任が「それはいいけど職員室のレンジ使わないで?酸っぱい匂い移るから」と言われていたのでガチっぽい。それで、「俺は一生これで行く」というものだから、他の先生が「お願いだから、自分の子どもが産まれたらそんなことはしないでね」「ああ、これ奥さんに殴られるやつだ」とか言っていて、先生は「いや、俺の子ならやらせるよ。これに慣れてもらわないと。引き継いでいきたいですよ、これはね」と笑っていたのでみんなで全力で止めるなどした。

牛乳とかも、家で飲むと固まってるらしい。一人暮らしして初めて学んだのが、吐き出していいってこと。飲み込まなきゃダメだと思ってたけど、そうやって毒味をするんです。と熱弁しているのは思わず吹き出してしまった。

夏に作ったおかゆ1日放置したら事件になったという話も聞いて、確かその時期先生ゲソゲソしてたなと思ったらリンクしてしまって、これまた笑う。自分を実験台にして、ストイックに研究する先生怖いです。「こうやって放置するとこんなに出汁が出るんだな」とか言ってました。

それで、賞味期限とか車のナンバーくらい意味の無いものだと思ってる。って言ってたけど、いや、いやあ……、あまり追わないでおきます。

周りから「特殊能力」「特級呪物」って言われてた。

「真面目な話さあ、○○って豚肉と牛肉の違いわかる?」

「えっ普通にわかります、なんでですか?」

「え嘘でしょ?俺多分2年前くらいに初めてわかったから」

「え?」

「なんか2年前くらいに高級な牛肉をもらったんですよ。当時、豚肉の食中毒がかなり流行ってて、めっちゃ火を入れて食べたんです。後日、もらった人にその話したら、それ牛肉だったんだよ。カリッカリになるまで焼いちゃったよ」

「先生ってほんとに先生やってる人なんですか……?」

「いや、何も言えない」

「こういう大人にはなりたくねえな、○○…」

「ついでに魚は赤身と白身っていう存在しか知らない。2つ。2種類。魚はふたつしかない。」

チャイムが鳴って、みんなが帰る合図だ。完全下校の時間になった。13時くらいだったかな。先生たちは教室に人がいないか確認に行って、クラスを持たない家庭科の先生と話をした。外からシャトルランの音が聞こえる。多分、サッカー部の練習に使われているのだろう。時々放課後に残っていると聞こえるその音がとても心地よくて、目を瞑りながら瞑想をしていた。

「さあて、誰の車で誰の家に行こうか」

高2担任は笑いながら部屋に入ってきた。

高1担任?私?高3担任?それとも、数学担や社会担?化学担の豪邸もいいね。高3担任と数学担と社会担と化学担は車もあるから、乗っていこう。ああ、でも私の部屋は狭いかもしれないな、やっぱり他の先生たちの家に行こうか?───もちろん、ほぼ独身男性の家なので逃げることなんて到底できないのだが、家から抜け出して先生たちの家に行けたらどれだけいいか───そう思っただけで、涙が出てきた。わたし、抜け出したいんだ。今の家から。実家から。お母さんの呪縛から、お母さんの洗脳から。

 

「でもやっぱり誘拐みたいになっちゃうよね」

「リアルな話をすればそうですね」

「まあ学校には居れるだけ居てくれればいいから」

 

話に被るように学内放送が入る。なんの話だったかは覚えてないけど、それに意識が向いたときには涙はやんでいた。

ピ、ピ、ピ、ポーーン。シャトルランの音はまだ続いている。

「───懐かしいでしょ、この部屋(相談室)。体育祭で○○さんが倒れたときに運ばれた部屋だよ」

高1担任がそう言って微笑んだ。

そうだ、あのときの。

 

体育祭のあった日。どんどん人が倒れて、どんどん人手が足りなくなって、ほぼ先生+私(保健係)で対応していたのに先生たちが氷とアクエリを買いに外へ行ってしまって、高1にして重症度に分けて人を捌いていたとき。救急車が何台も来て、騒然としたあの日。人を捌ききったあとに、意識が遠のいて、気付いたら意識レベルが低下して会話さえできなくなっていた。トリアージタグは黄色だった。「え、さっきまでケア側だったのに!?」───遠のいていく意識の中で、高3担任が言った言葉だけが頭に残っていた。

余談だけれども、そのとき仲良くしてた生徒会の男の子。先輩だったけれど、そこでその人と初めて直接話して。こんなに1年なのに動けるの尊敬するよ、俺も指示に従うから、どんどん言って欲しい。と言ってくれたなあ。青春、だったのかな、あれも。

 

あの日、私は入院した。息が詰まりそうな日常生活だったので、たった1日だけどほっと休めるのが嬉しかった。数人の生徒と共に、救命救急室に運ばれた。私は体育祭で可愛くしてもらった髪から大量のピンが出てくるので、看護師さんが笑っていた。「ピン、多いね。抜けきらないからこのまま横になってもらうよ。痛かったら右とか左とかに逸らしてね」。一瞬で私の細い血管を捉えた看護師さん、点滴は両腕2本ずつで私は急速に冷やされ、水分で潤っていった。

生きている───そう思った。

高3担任がやってきた。

「あれ、パン食ってる?」

「いや……重い……これ社会担先生のチョイスだから」

「そりゃあダメだわ、高2担任とかが買ってこないと…社会担は筋肉のことしか考えてないんだから。チョコブレッド?あいつバレンタインのことしか考えてないだろ。」

「胃がもたれる……」

「え、お前シックスティーンでしょ?俺トゥエンティーエイトだけど。胃の強さの違いよ。全然余裕でしょ、2口でいける」

「やばい笑」

「家では食べれてんの?」

「うーん、家ではね…あんまり…外食とかはするよ」

「まあ食える場所あるならいいかもね、俺も家帰ってからじゃなくてだるくて体育教官室で食事済ませるときあるよ」

「そういえば、大丈夫なの?」

「……だいじょうぶだけど?」

「絶対大丈夫じゃねえなあ笑 水分はとれてるの?」

「このくらい(ペットボトル30ml減ったくらい)」

「え!?干からびて死ぬよ?まあ…女は飲み物飲まねーからな…にしても飲まなすぎだ。そう、女子は、そう。俺の妹もそれで3回倒れてる。馬鹿だ」

「気持ちはわかる笑」

「500ml飲まないんだよ、夏場に、そんでぶっ倒れて…」

「体育祭のことがあるから前科持ちで何も言えない笑」

「俺が選んだらパン食べて貰えたかな 俺女子高生の気持ちめっちゃわかるよ まずはメロンパン」

「的確……」

「あと、ちっちゃいウインナーロールみたいなやつ、1口サイズで食べやすいじゃん、あれでしょ、あとなんか甘いやつ。」

「めっちゃわかってる笑」

「○○、あれだね、入試期間になっちゃうね」

「うん」

「結構それはお前にとってブレイクなんじゃない?」

「気持ちブレイク?笑」

「そうそう笑」

イラスト依頼の話になって、高3担任と社会担と数学担に囲まれる。

「この中で誰が1番描きやすそう?」

「いや、どう考えても社会担だろ」

「いや、俺は(顔のパーツが真っ直ぐなので)よこよこたてよこよこよこなので、単純に見えてバランス難しいっすよ」

「万人受けする顔だよね」

「誰が大量生産顔や」

「誰も言ってない笑笑笑」

「このパンなあ……」

「え、俺まだいじられます?」

「あんこは重くないですか?」

「完全に軽い認識でした!!!」

「彼女が風邪ひいてこんなん持ってたら怒られるよ」

「いや、俺はこの経験を経て成長してるんで。タラララッタッタッタ-ン!!」

「実験台にされたってこと?」

「目の奥が笑ってない社会担」

「いやあ……パンごときでうるせえなあって思って……」

「(全員大爆笑)」

「いや〜許せないわこいつ笑」

「なんでウインナーにしちゃったの?」

「いや、昼だしなって思って」

「人のお金だしな」

「(高1担任が支払ったから)ダメージはゼロっすね」

「○○これ誰が悪いと思う?」

「ええ、えぇ……」

「社会担が悪いか、高1担任が悪いか、社会担に行かせた周りが悪いか」

「高1担任お金まで出してるのに悪くなる可能性あるんですか」

「(みんな笑う)」

「ごもっとも!」

「社会担さ、入試の面接官が使う机にさえパンパンに教科書詰め込まれたままで、しかも養護教諭が言ったのに無視して他の作業したんだよ」

「いや!それは誤解!聞こえてなかったんです!」

「あ〜 じゃあ私も悪いですね すみません!」

「そうですね!そう、そうですよね!」

「おいお前ほんとに笑笑」

「私助っ人で入ったのに……!」

養護教諭は何も悪くないのに笑」

「いや〜養護教諭がちゃんと教えてくれればな〜」

「最低すぎる笑笑」

引越しの話になる。私は当時埼玉の専門学校に行きたくて、引っ越したいと思っていた。周りからは自転車とか使えば僻地でも行ける、みたいに言われていたけれど、私は自転車から落ちて4針膝を縫っているので、無理そうだ、と言うと、セグウェイだな。と断言された。

 

セグウェイSegway)は、アメリカの発明家ディーン・ケーメン氏らが開発した電動の自動立ち乗り二輪車です。セルフバランステクノロジーを採用しており、体重移動によって前進・後進や速度調整を行います。

 

セグウェイは上手い人が乗らないと、その場でくるくる回転してしまったり、めちゃくちゃ早く前に進んでしまったりするらしい、ブレーキもきかなかったり。重心で進むので、運動神経がない私は、「無理ですね、これは。怪我する」と言って、それを高3担任がにやにやと見ていた。

 

「原付は?」

「え、だってチャリで事故るんだよ?こいつは」

「原付は死にますねえ」

「じゃあやめてくれお願いだから笑」

「まあ○○うんちだからなあ……」

「え?」

「ああ、運動神経ないやつのことうんちって言うんだよ」

「運動音痴、訳してうんち?小学生か」

「男の子はみんな小学生なんだよ?」

「野球部の子達とか言われたら困っちゃうから辞めてあげてくださいね」

「俺顧問やってるから、俺が言ったら「ありがとうございます!」って言われるで なあ○○?」

「なんかやだわーむしろ。その関係性。」

「ありがとうございますって意味がわからない笑」

「こないだ○組のHR任されて言ったらみんな座ってて感動した、○○のクラスいいところだな」

「いや、それが当たり前なんですけどね?」

「うちの学校では奇跡に近い」

「俺の教室はそもそも休み時間とか人いないもん」

「そう、わかる、○組はみんな席の近くか席に座ってるかのどっちかだから」

「優秀でごめん(^_-)-☆」

高3担任がにやにやしながら「この中で1番モテるの誰だと思う?」と聞いてきた。…というと、数学担と、社会担と、高3担任か。……うーん。顔でいえば数学担だな。でも社会担も男気あるし、とはいえ高3担任は生徒からもモテてるからな。女の扱いわかってるから。

 

「……誰でしょうね?」

「いや、実はね、17歳の女子生徒にする話じゃないけどね、俺ゲイバー行くとめちゃくちゃモテるから」

「いやまじで前に行ったときエグかった…」

「高3担任が男女トータルだとモテるわけですね笑」

「社会担もモテるね」

「とにかくガタイいい人?みたいな笑」

「ねえすっごくギリギリの話してますけど私(養護教諭)一応ここ(相談室)の管轄なんでぇ、汚さないでもらっていいですか?」

「まあ、いいじゃない。相談室だし」

「ちょっと、相談室ってそういうところじゃないんですけど!?適正に利用してもらっていいですか!?笑」

朝に飲むもの食べるものの話になった。高3担任がR-1を飲んでる話をして、養護教諭が「レモン白湯」を飲んでるという話になったとき、全員の聞き間違いにより「レモンサワー」を朝に飲んでる狂人みたいになって面白かった。

「───痩せたろ、お前。○○」

「わかんない」

「いつだって、なんかお兄ちゃんの成人式とかのときだっけ?その時期めちゃくちゃ痩せてて心配したわ」

「そのときよりは増えたかな、体重も」

「死ぬんじゃねえかなって思ったもん、俺の脂肪分けてあげたいよ」

「バイトどうする?」

「どういう系がいいの?○○は」

「うーん」

「俺のおすすめは家系」

「それラーメンや」

「今のが今年1番シラフで面白かったよ」

「あ、アザッス……!」

 

たくさんの愛情がひしめきあう。私の体を循環していく。私が欲しかった愛情はここにあったんだ。ずっと見つからなくて泣いていた、私の大好きな、大切な、気持ちはここに───。

帰りは高2元担任と高1元担任の間に挟まれて、バスで帰った。私の最寄りで高1元担任が降りてくれて、私の家のすぐそばまで一緒に歩いてくれた。先生は、駅まで行くのに。このままバスに乗ってれば駅まで行けたのに。私は家が怖くて泣きそうになったけど、先生の目があまりに心配そうで、子犬みたいな目をしていて、愛おしかった。頑張ろうと思った。

 

大好きな人達との大切な思い出。

今も変わらない愛おしい気持ち。

変わらない苦しみはあるけれど、それでもそれを愛してみる。そうして、何かが始まるのだ。

「宣誓、私は死にません!」1

真冬、某日。暑い。暑い。暑い。ヒーターの近くに座らされた私は涙と汗でグチャグチャになっていた。先生はそんな私にいそいそと毛布をかける。先生、ギブです。もう暑いです。あなたの心遣いには感謝しますが、私はもう暑いのです。汗も涙と思われてるのかもしれませんが、ムレてメイクがほぼ落ちてます。

まあ、そんなことを言う余力もなくて、「ありがとうございます……」と限界の中でぽつりと声を出した。先生はいそいそと誰かに電話している。その電話先が中学養護教諭だったことに気が付いて、私はまた涙を拭う。ああ───生きてしまった───。私はショート寸前で、回らない頭を動かしながら、先生から渡された先生のスマホから流れる中学養護教諭の声を聞いていた。ひとしきり話したあとに、また涙が出てきた。それは、今までの自分は何してるんだろう、という感情よりも、今を生きている自分を実感したから、というのが強いだろう。

主治医が産休に入って2ヶ月後の出来事だった。元主治医には上手く話せなくて、「死のうとしたけど無理だった」と笑って言った。元主治医は「そうかあ、疲れてるのかもしれないね」とだけ言った。

 

さあ、その場に戻っていこう。

私は先生の授業を受け持つ教室───先生はたくさんいるので、ここでは高1担任と呼ぶ───に、連れていかれて汗と涙でボロボロの状態である。満身創痍、という言葉がぴったりなような、マラソンでも走ったのですか?というような、声も掠れるそんな1日だった。

ひとしきり泣いたとき、「ごめんね、こんなのしかなくて…」とティッシュではなくトイレットペーパーをひとつ丸ごともらって、泣きながら大爆笑した。情緒不安定すぎるが、めちゃくちゃ面白かった。

次に、高2で担任となる人──ここでは、高2担任と呼ぶ──が、その教室に入ってきて、「お待たせ」と笑っていた。そして、乱暴に私の顔をトイレットペーパーで拭き出した。「もう、可愛い顔が台無しじゃない!泣いてばっかりいないで、塩分取らなきゃダメじゃないのよ、もう!」…私はそのとき高2担任とはほとんど話したことがなくて、登校のバスが同じだった、くらいだけれども、トイレットペーパーで顔を拭かれながら、この人には母性を感じるなあ…とぼんやり思っていた。「先生、このままだと私の顔取れます…、もう大丈夫です」と言って笑うと、急に先生はすんとして、トイレットペーパーを置いて、少しぼんやりとした遠くを見つめるような表情になり、静かになる。そこから先生は語り出した。

 

ある女の子がいました。先生はその人の担任でした。その子には持病がありました。てんかんを患っていたのです。けれど、普段の発作はコントロールできていて、特に問題はなく生活をしていました。

その子が楽しみにしていた修学旅行の数日前の出来事でした。やけにお風呂が長いと心配してお風呂を見に来た親御さんが、発作を起こし、湯船で溺れて亡くなった娘さん───高2担任の受け持つ女の子───を、見つけたそうです。

修学旅行に、その子の写真を持っていきました。行けなかったけど、行けたように、感じられるように。

先生は今も写真を持ち歩いています。

お母さんと比べたら、それよりは悲しくなかったけど、もし生きてたら、看護師になりたくて、専門学校をめざしてて。あまり頭は良くなかったけど、勉強頑張ってた。ほんとに元気で明るくて言いたいこと言えて、そんな素敵な子だったのよ、と。

立ち直れた日は無いと。そもそも、立ち直る気さえないと。

一生こんなことは経験したくない。正直に言うと、本当に辛い、悲しい。先生としてじゃなくて、個人として私は願ってるの。生きていて欲しいと。

病気で亡くなっただけで、こんなにも苦しいのに、自殺で生徒を亡くしたら、私はもう教員という仕事を辞めるだろう───。

だから、お願いだから、死なないで欲しい。

あなたの辛い思いを、わかることはできない。わかると言われてもムカつくでしょう?他人の出来事をわかったなんて簡単に言える人にはなりたくない。

だけど、言わせて欲しい。私がこれ以上耐えられないから、あなたが…自ら命を絶つようなことがあったら、私は教員を続けられない。

これは自己都合だ。あなたのためじゃない。あなたの力にはなれないかもしれない。

でも、不良になったり、いつも完璧なテストが赤点になったり、本当は校則でダメだけど、髪染めてきたっていいよ。悲しいけど退学したって留年したっていい。それでもいいから、生きていて欲しい───。

 

「綺麗事とかそんなのどうでもよくて私は悲しかったの。この子のこともまだ忘れられてないの。それくらい辛かった。○○さんに授業をしたことはないけどそれでもこんなに辛いの。もうこの子は戻ってこないの。私に苦しい思いをさせないで。とにかく、生きて?お願いだから。わかんないよ先生は辛いことあるんだろうなとかはわかるけど絶対に逃げ道あるから。ほんと辞めて。ほんと、ほんとに嫌だから。○○さんの家がどうこうとかどんな思いしてるかとか正直わかんないから。わかんないけど、ほんとうに、悲しいから、辞めてほしい。綺麗事で命大事にとかそんなの言うつもりないけど、本当に辛いのよ。こんなに若い子をさ、亡くすのが。まだ16でしょ?あるから、逃げ道とか!なんか他の方法、絶対。絶対あるから。それが薔薇色の人生になるとは思わないけど、今よりもほんの少しでも息苦しくない場所とか、あるから。死んじゃったらもう、ダメだから。絶対に。事故ならどうにか受け止めるしかないじゃん。でもさあ…そうじゃないなら、ダメだよ死んじゃ。人として、ただ人として○○さんに伝えるのよ。清く正しく生きろとは言わないから、生きて。……居なくなるなよ!絶対に!」

 

ぽろぽろとまた涙が出てくる。先生は、そんな経験をしたことがあるのか。昔、高3担任が言っていた言葉を思い出した。高3担任は、ほぼ関わりのない生徒とはいえ、前任校で生徒を1人自殺で亡くしているらしい。だからこそ、私に、「あなたが死んだら俺は悲しい。関わったことない生徒にさえあんなに心揺さぶられたのに、こんなに関わってきた○○が死んでしまったら、俺はどうしたらいいのか分からない。」と言ってくれたのだ。それは私にとって限りなく崇高な言葉だったが───悲しきかな、そういう社会なんだ、学校というものは、社会の縮図だから。

 

私はそれこそ自己都合でこの世を去ろうとして、もちろん先生たちのことなんて(申し訳ない、あなたたちのせいではないと遺書に書いたが)、そこまで考えられてなかったと思う。なぜなら、前日の夕方、学校から帰ったときにあった、玄関に並べられた剃刀、血だらけのタオルが入ったゴミ袋───それだけが私を突き動かしていたから。死のう、私は見せしめにあった、今度親に会ったら大変なことになる。殺されるかもしれない。怖い。死ななければ。死にたい。死のう。剃刀を並べられて泣いたくせに、私はドラッグストアに行って剃刀を買って何度も何度も執拗に腕を傷つけた。それは、普段痛みを感じないリストカットが、突っ張るような感覚になり、痛みを帯びるような状態になってから、気がついたことだけれども。

傷だらけの左腕をそっと指でなぞりながら、「ごめんなさい…」と言った。「わかりました、もう死にません」とは言えなかった。まだまだ私は死にたかったから。そんな私を見て、先生は優しく笑って、「───頭のいいあなたなら、理解できないことじゃないから。私の思いはとりあえずこれね。話したいことあったら喋ってくれてもいいし、紙にまとめてもいいよ。また後で話そう」と部屋を去っていった。

 

次に私の元へやって来たのは化学の先生だった。

 

「心配になっちゃってさ。…なにか辛いことがあった?」

「…ふふ、んん。なんか…合わない、親と…」

「そうだな。うん。一緒にいても辛いだけか」

「すごい、一緒にいても辛いだけなときもあるけど、優しいときもあるから…わからない───」

 

先生とは、ほとんど明るい話しかしてこなくて、辛いことを吐露する機会はなかったけど、先生もまた、高2担任と同じように身のうちを語ってくれた───。

 

うちは酷く暴力を振るう父親がいてね。俺はいつも母さんをそれから守ってた。最低で最悪な親父だよ。今はどこで何してるかわからない。何してたっていい、俺と母さんの元に来なければ。勝手に生きていてくれ、いや───俺は死んでいてくれ、もっといえば殺してやりたい───とさえ思っている───。どこかでくだばってくれていれば、もう俺たちは不安にならずに済むのに、と。

母さんを守りたくて、俺は必死だった。結婚して家を建てて、家族と一緒に母さんと同居することにした。これは奥さんも賛成してくれてね。

俺はやっと安心を、幸せを手に入れられたと思った。

だから、○○の気持ち、少しわかるよ。

わかるなんて烏滸がましいかもしれないけど…。

○○は間違ってないよ。

死のうとしたことは間違いかもしれないけど、○○の人生、辛かったこと、悩んだこと、全部間違いじゃない。辛かったね。今まで、時々空元気っぽいときがあるな、とは思っていたけど、こっちから話しかけることはあまりなかったよね。これからは俺にもその思いを、いや、その重さを、分けてくれないかな。俺は筋肉質だしガッチリ体型だから適任だと思うんだけど(笑)

そして、○○は親のようにならないか不安に思ってるかもしれないけど、これだけは伝えたい。俺は奥さんや子どもに手を出したことはない。そりゃあ、それは違うだろ!って怒鳴りたくなるときはあるけど。親父のように人を傷つけることはしていない。この俺の経験が○○に響くかはわからないけど、伝えておくね。

○○はすごいよ。俺なんて、すぐ弱音吐いちゃうし。1人で耐えてきたのが本当にえらい。でも1人で抱えなくていいんだよ。もう、周りの大人も気づけたから、これからは一緒に頑張ろうよ。いや、○○は頑張らなくていい。俺らが頑張るから、だから、ただ生きていてくれたら、それだけで俺はうれしい。

 

先生も、先生も…親が嫌いだったの?親に虐げられてきたの?不幸せなときもあったの?

こんなに幸せそうで、いつも笑顔で、優しくて、朗らかな化学の先生。子どもの話になると気分が上がってニコニコする先生。奥さんの話になると話を逸らす、可愛い先生。家族を大切にする、先生が───。私と、同じような経験をしていたんだ。親のことを殺したいと、死んでくれと思っていたことがあったんだ。

私は勝手に、「この世で私以上に辛い思いをしている人間はいない」と思い上がっていたんだ。なんて傲慢なんだろう。そんなことなかった。たくさんの人が悩みながら、苦しみながら生きているんだ。みんながそれぞれの悩みを抱えて、そうして生きているんだ。そういうふうに、社会は回っているんだ。

そう思ったら、また涙が出てきて、化学の先生は微笑みながら「俺じゃ(異性だから)拭いてあげられないからさ…ほら」と私にトイレットペーパーを差し出してくれた。もう落ちきったメイクを再び拭い、「先生のおかげで考え方が変わりました、来てくれてありがとうございました」と笑った。

 

「逃げきれない環境なのが辛いんだよね。学校の先生を信用してるかはわからないけど俺は○○を守りたいって思ってる。───親も、怖いんだよね、育てるって。でも、そんなの子どもからしたら都合いい!私のせいにするな!って思うよね(笑) 俺は、親父のこと許してないよ。でも、それも自分の選択だから。少しずつでもいいから、周りに頼ってみて、みんな話聞いてくれるよ。むしろ話してくれなかったら悲しむと思う。いつでも頼っていいんだよ」

「同じ境遇じゃないから、全てをわかることはできないけど、偉いよ。そんないっばいいっぱいなのに勉強も頑張って、弟のことも心配して。大変な思いしてきたよね。家を出て、一人一人違うからさ、上手くいかない人もいるけど、上手くいくケースがほとんど。自分のやりたいことをしながら自由に過ごせるのって、本当に楽しいんだよ。1人で戦えなんて言わないからさ…またなんか話したかったら言ってね。そろそろ俺は授業に行くね」

 

高1担任も次は授業があるということで、使っていた教室から保健室へ移動した。副担任がリュックを持ってきてくれた。余談なのだが、この副担任がまあまあやらかすことが多いので、学年団ほぼ全員が私のことを(その日のこと)を把握しているのに、その人だけ何も分かっていないらしい…という話を聞いて大爆笑した。これはまた後日談で。

保健室では大好きな養護教諭が対応してくれた。

 

「お話聞こうと思うんだけど、寝ながらがいい?座りながらがいい?」

「昨日、そんなに寝れなかったから横になりたい」

「じゃあベッド行こうか」

 

私が卒業までに「ビニールに覆われていないベッドを使った最後の日」だった。そう、この日は入試前日かつ2月中旬。3月にはコロナ禍に入り、ベッドはビニールがつけられ、眠るとガサガサ音がする、不快なものとなったのだ。最後の思い出としても根強く残っている。

 

紙に自分の症状を埋めて、体温を測りながら───字ちっちゃいね。読めるかな、高1担任先生とか。と言われて、ハズキルーペ使うって言ってましたよ、と笑う。

 

「あまり詳しく聞けてないんだけど、今日は…?」

「母親がね、私が腕を切ったときに使ったティッシュとかタオルとかを玄関先でゴミ袋につめて、開いてたんです。靴箱の上には剃刀が並べられていました。」

「え…?」

「見せしめだと思いました。ああ、私は次母親に会うまでに死ななければいけない、と感じました」

「それは…そりゃ親には会いたくないよね」

「───私は、最近は腕切ってないみたいな雰囲気を出していたから、それがバレたのもショックだし、部屋を漁られたのもショックで。」

「それはショックだ」

「飛び降りて死のうと思いました。でも、上手くいかなかったから、授業が終わったら駅に行って飛び込もうと思いました。」

「それで朝、先生たちが捜索してたんだね」

「捜索されてたのは知りませんでした。諦めて教室に入ってすぐに廊下で先生たちが私を見つけて安堵の表情をしていたのが目に焼き付いています。」

「○○見つかりました!って、先生たち安心したって言ってたよ」

「結局は生き残ってしまいました。帰るのが怖い、このまま学校に住みたいくらい───。」

「今ね、副校長先生とかが一緒になって児相に連絡入れてるから。もしかしたらそっちにお泊まりになるかもしれないね」

「…もし、そこから家に帰ったら、お母さんは私を…」

「そうだよね、不安だよね。」

「怖い。ただ怖い。私はこれからどこにいけばいいのか。どうやって生きればいいのか」

「お母さんが何を思ってそれをしたのかを聞きたいよね」

「あの人は、何も考えてないようで大胆な手に出たり、大胆だと思えば何も考えてなかったりするから───本当に読めない。それが怖い」

 

あまり覚えていないけど、こんなことを話していた。1時間ずっと、先生は私の話を聞いてくれた。私は泣いたり笑ったり黙ったりした。静かに涙を流す私を見て、先生は「私は○○さんをこんな状態に至らしめたお母さんを、許せないよ…」と言った。本当はそういう私情は挟んではいけないのかもしれないけど、他人から見てもそうなのか…と思ったことでだいぶ楽になった。

 

まだまだ続くが、記憶の整理がつかないので今日はここまで。続きはまたいつか。このあと相談室に移動し20時まで8人の先生との愉快な会話が繰り広げられるため、記憶を呼び起こせるよう頑張りたいです。

 

先生、わたしは

「辞めて!ごめんなさい!私が悪いから!私が悪い子だから!もう、辞めて!殴らないで!お母さんごめんなさい!だからお願いだから殴らないで!」

 

ガタガタと包丁を取り出す音、泣き叫ぶ私、包丁を差し出して私に頭を下げながら「お願いだから死んで」と言った母親。あの頃の記憶はべったりと胸に塗られて決して落ちることはない。常に頭の中には昔の私と怖かった頃の母親が居座っている。昔の私はシクシク泣いているし、その私に対して母親は「あんたは自分が可哀想だから泣くんだ!」とまた殴る。現在の私が趣味を持って生活をしていると、「私の方が上手いけどね!」「はあ、しょーもない趣味持って時間の無駄!」と言ってくるし、辛いな、と心に思えば「私の方が辛い!お前は腕を切れば逃げられるだろ!」「あんたの愚痴より私の愚痴を聞いて」「私だって腕切りたいくらい辛いのよ!!」と言ってくる。厄介なもので、これは四六時中続き、止めるのが難しい。夢の中でさえも同じような光景だ。3歳くらいから(記憶はないが弟の様子を見ると兄や姉は除いて、私や弟は0歳から暴力があって、兄弟全員生き残ってるのは奇跡に近いのだが)、いずれかの年齢、だいたい17歳くらいまでの記憶を行ったり来たりしている。私は泣いていたり笑っていたり母親の愚痴を聞いたりしている。いずれも空間にいるのに空白なような、その場にいるのに浮いているような感覚だけが私の中にある。こんな感覚がとてもむず痒くて私は嫌いだったので、むしろ解離で意識を飛ばしたりしてみていたのだ。解離していれば、他の誰か(何もいないのか、誰かがいるのか、それさえ当時の私にはわからなかったけど)が私の嫌な役目を担ってくれる。それだけが生活の支えだった。

さて、今までは解離で補っていたが、晴れて家を出ることができた。それも色々な作用が働いて、奇跡に近いことだった。周りは「これからはあなたの人生だね」「昔のこともいいけど、これからは未来に向かって歩もう」と言っていた。でも私にはその意味がわからなかった。だって、頭の中には、いつもと同じ、怒ったお母さんがいるから。この存在があるのに─── 私の中では何も変わらないのに、周りはそれには気付かなかった。夢を考えるたびに、専門書を読むたびに、「今まで育てたお金を返せ」「お前だけが幸せになるなんて許さない」という声が聞こえる。その雑音で、だんだん何も見えなくなる。何も聞こえなくなる。

私に優しい言葉をかけてくれた人はそんなつもりはないのだろうが、私からしたらこんな爆弾抱えて、誰が幸せになれるって言うんだよ!とか、この苦しみが分からないくせに、過去を過去にして置き去りにしないでよ!と思っていた。

 

よく、幸せになり親孝行をする人がいる。私は、昔から、母親から暴力を振るわれていた頃から、幸せになりたかった。でも、だんだんと気付いた。母親は私のことを憎んでいるくせに、私のことを一丁前に愛してもいるのだ。その愛は私には到底気付けないくらいベクトルの違うものだったが、確かにあった。そのため、母親にとって私が幸せになることは、自分の幸せと繋がる。結婚、出産、育児、介護───全てが、母親のためなように感じてしまった───。だから私は、誤魔化しの彼氏を作ることはあっても、決して深い関係にはならなかった。性被害の影響もあるし、小さい頃からの性に奔放な親への嫌悪感もあったけれど、それ以上に、私は幸せになってはいけない、と感じていたのだ。

よく考えれば、そもそも親を不幸にするために人生を全振りするなんて馬鹿な話だが、齢20にして人生を悟ってしまった。私は、約20年間虐げられた日々を、残りの数十年間で、親に返してしまおう…そう考えていた。もう、殺したり、そんな方法は用いることはできないから、じわじわと小石を投げるように母親と戦うことしかできなかった。そんな自分が情けなくて、涙が出てきて、また頭の中のお母さんが「お前は自分が可哀想だから泣くんだ!」と喚くのだ。わたしは可哀想なんかじゃない、そう思っているときでさえも聞こえる母親の声を聴きながら、そう思った。本当は本当に自分が可哀想だったのかもしれないけど。もう、何もかもが信じられなかった。

 

全てが不幸だったわけではないのは、言うまでもない。一緒にプールに行ったり、海に行ったり、博物館に行ったり、水族館に行ったりした。そのときの記憶も鮮明で、だからこそこの感情に名前がつけられないのだ。憎いのに、恨んでいるのに、死んでしまえとさえ感じているのに…優しかった頃の母親が頭を掠める。

大好きだったジェラートのお店。1つ500円くらいするのに、あの店に行ったときだけは親の機嫌がよくて、兄も姉も私もそれぞれ別にジェラートを買ってもらえた。父親の味見の大きな一口が心地よかった。全部食べてしまってもいいと思うくらい、安全で、安心な日だった。そんな日は1日にも満たずに、また母親の怒声と父親の溜息だけが聞こえるばかりだったが。

0.38mmのミリペンを買ってもらったこともある。母親は私が絵を描くのが嫌いで、チラシに描いた絵でさえも文句を言っていた。紙の消費量が酷いからと描くのを禁じられたときもある。でも、そんな母親が、私に絵を描くためのペン、ミリペンを買ってくれたのだ。「こういうペンで描く練習するといいよ」と。よく聞くと、母親も絵を描くのが好きだったらしい。これだけは、娘に寄り添う聖母のような姿だった。その5日後にミリペンは捨てられてしまうけれど───数日間だけでも、母親の愛情を感じられて私はとても嬉しかった───。0.38mmの愛情は、私にハマる唯一の愛だった。

 

「みんな親から愛されて生まれてきたんだよ」みたいな、道徳の授業のしょうもない話を聞いていた小学生のとき。わたしは母親に「あんたは可哀想だから、できちゃったから産んだだけで、家族計画からは外れてるし、捨てても良かったけど、堕ろすのも可哀想だから産んであげたのよ、だから私に感謝しなさい」と言われていて、愛なんて気付けなかった。殴られて、蹴られて、髪の毛掴まれてそのまま窓から外に体ごと投げ出されたことも、朝日できらきら埃が瞬く倉庫に夜中から昼まで閉じ込められたことも、回し蹴りならあまりお母さんの力が入らないから痛いふりをしてれば終わるな、と思っていたことも、母親にとっては「しっかりと子育てしている」という、愛だったんだ。……そもそも、回し蹴りってストレス発散としか思えないのだが。愛する子どもに回し蹴りするってどんな世界観なんだろう?

1/2成人式の手紙の最初の言葉は「いつも迷惑かけてごめん」だった。そしてその手紙さえ受け取ってもらえず私の部屋に放置してあった。引越し準備をしているときにそのことに気付いて、どれだけ虚しかったか───想像に難くない。

 

母親はよく言う。虐待のニュースを見ては、「こんな育て方するなら産まなきゃいいのに!うちは成功したわよね〜」とか、虐待というワードが出ると「うちも虐待だったのかな〜(笑)」「ねえ?あんた虐待されてたの?(笑)」「ま、こんなに優しく育てられた恵まれた子はこの世にいないわ」とか。今すぐ飛びかかって首を絞めてしまいたくなるような、いとも簡単にわたしは母親に吐き気を覚えるようになった。ああ…私って、こんな人に育てられたんだなあ…この人と同じ血が、流れてるんだな…。本当は中学のいじめを契機に病気が発症したみたいに親の中では完結しているけれども、腕を切ったのはそれが最初だった。穢れた血を洗い流すため。血が出るほどに、私から母親の邪気が薄れていくような気がした。意外にも涙は出てこなかった。もうどうでもいいから、楽になれるなら、それなら、なんでもよかった。毎日コツコツと、儀式のように腕を呪った。一滴、二滴と血が流れていくのを見ては、その日の親からの暴言を思い出しながら、私は浄化されたんだ───そう思った。腕を切ると、薬をたくさん飲むと、お酒を沢山飲むと、不思議と頭の中のお母さんは薄れていった。私はいつも何かしらに依存していた。アディクション化された自傷行為は、私を守るためのものだった。辛い、しんどい、頭の中がうるさい。だったら、腕を切ろう、薬を飲もう、お酒を飲もう。健全な方法じゃないのはわかっていても、それに逃げてしまう自分がいた。一方で、楽になった、聞こえなくなった母親の声や存在は、シラフに戻るたびに大きなものになっていった。それを打ち消すために、また行為を繰り返した。だんだんと効力は薄れていった。

今度は母親から怒鳴り散らされる毎日が始まった。頭の中の母親は朝からうるさい。昔言っていた記憶のある愚痴や暴言を繰り返し言われたり、怒鳴りつけられたり。授業でわからないことがあれば「そんなんもわからないなら大学行った意味ない!」と言われるけれども、そもそも母親が頭の中で喋っているのを聞きながら授業を受けている状況なので、頭になんか入るわけがない。わたしはただでさえ2人以上の会話が耳に入らなくて大変だと言うのに、母親の声という雑音は常に私の耳に大声で届いていた。勉強をすれば「無駄な知識をつけやがって わたしは専門で中退したのに いいよねあんたらは好きに勉強できて」と聞こえる。確かに昔や現在会ったときに言われる言葉と同じ。そして頭の中にはちいちゃん(人格)がいて、それまた喋る。幼い子なので結構「あのね〜それがね〜それでね〜」みたいな感じ。二重奏に私は発狂寸前である。統合失調症の幻聴のアレではないと思っているが、この2人がまあまあうるさいので、かなりストレスだ。この話はあまり共感されないのだけれど。

 

「切ること」は「キレること」なのか───。

アディクションとしての自傷(松本俊彦 著)で取り扱われていた記憶がある。答えはどっちだったかさえわかっていないが、私にとって腕を切ることは唯一の親への怒りの表現だった。わたしはこんなに辛い思いをしている、この腕はお前の責任だ、みたいな冷たい感情と、だから優しくして、手当して……。そんな気持ち。本当は、傷を見つめて欲しかった。「また腕切ってるんじゃないの?腕見せなさい」とか、白くなった傷跡を見て「汚いね笑」って言うんじゃなくて、良いも悪いも判断せずにただ丹念に手当して欲しかった。どこかで期待してたんだ。自分の娘が腕を切るような状態なんだから、救ってくれ、改善してくれ、と。母親はいじめが原因としか思ってなかったから、なんの意味も成さないのだけど。

 

高校のSCさんに言われたことをよく思い出す。

「母親に期待が辞められないのって、執着心だと思いますか?」

「そんなふうに思うの?俺は洗脳だと思うね」

「洗脳?」

「そういう風に埋め込まれてるんでしょ。体の中に」

「洗脳ってことは、私は悪くないんですか?」

「今まで話してきたなかでどこにあなたの悪い要素があったの。何もなかったよ」

「私が悪くない……?」

「悪くないよ。どこが悪いの。どう見ても親の問題でしょ。」

「親のせいじゃないだろ、って思うのも洗脳?」

「よくわかってんじゃん そういうことだよ」

 

度肝を抜かれた。私の悩みの根源は、親からの洗脳?この生きづらさも、苦しみも、悲しみも、腕を切るのも、薬を沢山飲むのも、何もかもが(もっとも、全てというわけではないだろうか、そのくらいの衝撃だった)。そう思った瞬間、私は力が抜けてしまって、ソファで横になった。涙を堪えながら目を瞑った。SCさんは「やっとそれに自分で気付くことができたね」と笑っていた。児相と面談する前の待ち時間の出来事だったが、わたしはそれがずっと心に残っている。嗅覚は記憶に結びつく、というものだが、わたしはそのときSCさんが自動販売機で買ってきてくれたピーチティーの匂いをこれから一生忘れることはないだろう。私にとって人生の起点のような出来事だった───。

 

あの頃の、倉庫の中に差し込む光で見える埃の塵でさえ愛おしかったあのとき。今はずっとずっと空気が綺麗で、楽しくて、幸せな時間があるんだよ。昔の私にそう伝えたら、少し笑った気がした。

 

お母さん。あなたは私を否定することで自分を格上かのように振舞ったけれど、それは間違っているよ。私が強い、優位だ、なんて、子育てをしているときに感じてはいけない。ベクトルの違う愛も、愛を受け取れなかった子どもは歪んでしまう。兄弟で悪いことを報告し合わせるのもそう。兄弟を疑心暗鬼にさせないでほしかった。北九州監禁殺人事件の犯人と一緒だよ。洗脳して、家族同士で殺し合いをさせる。まさにその縮図が、私の家庭だったんじゃないか───そう思う。あなたに殴られて腫れた顔をマスクで隠して登校したあの日を、家から追い出されたまま、ランドセルだけが投げられて裸足で小学校に向かったあの日を、虐待を疑われてもあなたを守りたくておどけて笑いながら言った「私はお母さんから愛されてます」という言葉も、本当は経験したくなかった───。出来るならば、幸せな家庭で、愛を受け取って、自分のしたいことに集中させてくれる環境だったら、いや、ただお母さんが笑って幸せそうで、怒鳴るのにエネルギーを使う必要もないような状態だったら、私の人生は変わっていたかもしれない。それは、たらればの話だけど。

 

 ディスアビリティとインペアメントなんていう私にとって大切な事象があるが、これらは日本語としては「障害」である。つまり同じもののように扱われているが、実はかなり異なる。

ディスアビリティは、環境との相性とも言えるもので、その相性が良ければ障害ではなく、相性が悪ければ障害となるのです。足が動かなくて車いすで生活するかたの移動について考えてみると、階段ばかりではたしかに障害となってしまいますが、スロープやエレベーターが充足していれば、障害が発生しないのです。いっぽうインペアメントは、環境に影響を受けず独立している身体の特徴としての障害を指します。車いすのかたであれば、足が動かないというのがまさにインペアメントです。

私の心の傷は、癒えない心の病は、母親からの暴力は、インペアメントなのだとずっと感じていたが、最初から全てディスアビリティだったのだ。母親という環境と合わないことで起こる相互作用、私が長年悩んでいたのはこれだった───。私の中だけの問題だと、私だけが悪いのだと、自分を恨めしく思っていたが、本当はそうではなかった。これを知ったとき、わたしはたくさん泣いた。今までの涙を取り返すかのように。

 

最後に心理的逆転について取り扱ってみる。

わたしは「治りたい」けど「治りたくない」、「よくなりたい」けど「よくなりたくない」、「成長したい」けど「甘えていたい…」そんなダブルバインドな感情を抱えていた。これらは、

〇 頭ではこうしたほうがいいと分かっていても、なぜかそうでないほうを選んでしまう。

 
〇 やめたほうがいいと分かっているのにやめられない。

 
〇 人からの助けを申し訳ないと思って断ってしまう。

 
〇 自分にはそんな資格がないんじゃないかと、最初からあきらめてしまう。あるいはせっかくの申し出を断ってしまう。

 
〇 うまくいくことがあると何かしら罪悪感を感じて自分からそれを帳消しにするような行動を取ろうとしてしまう。

 
〇 人と関わったり楽しんだりするスキルはあるのに、楽しむことから遠ざかるような生活を送ろうとする。

 
〇 人のためなら頑張れるのに、自分のことはいい加減にしてしまう。

 
〇 自分を大切に扱ってくれる相手に対して、退屈を感じたり無関心になったりする。

 
〇 相手から求められてもいないのに、自分から犠牲になるようなことを申し出てしまう。

というものから成るらしい。

まさに、わたしは自分にとって良い方向から逆行し出したり、急に全部辞めたりするし、人から助けられることは恥だとも思っている。自分には才能がないから、自分には力量が足りないから、と、周りの言葉を勘ぐってしまう癖もある。上手くいかないと安心し、トライアンドエラーを繰り返すが、実際成功すると底知れぬ不安を感じる。セルフネグレクトの傾向もある。自分を支援してくれる人に対して、時々無性に無力感を抱いたりもする。自ら予定を断りその人の時間を作らせたりもする。

自覚まみれでビックリした。まさにこれなのだ。セルフネグレクトとか、自己否定と呼んでいた一連のことが、この心理的逆転という言葉で片付けられている。なんて華麗なんだろうか。同じように考えている人は、ぜひ医者やカウンセラーに相談してみて欲しい。

 

終わりになるが、いつか私にとって頭の中のお母さんや、自分や、ちいちゃんが全てなくなったとき、いや、共存できるくらいになったとき?それが治療が終わるときだと思う。しばらくはその予定はないけれどもこれからも戦いたいと思う。私が人を信用しようとするとき、母親は言う、「どうせお前は裏切られるんだ、だから信用しちゃいけない、正しいのはいつもお母さんだ」と。その呪いに気付かずに、いくつもの出会いを無駄にしてきた。綺麗に終わるはずの終わりをグチャグチャにしたり、引き伸ばしたりしてきた。だけど、終わりは終わりだし、綺麗な終わり方をしたい。裏切られるかもしれないけど、裏切られないかもしれない。そのくらいの審判をしていたい。「あの人はこう言った、つまりお前を否定しているんだ」「あーあ、また意味のない関係性を作ったね」「そんなんだからあんたはダメなんだ」「お前は嫌われてる」「お前のことなんて誰も必要としてないよ」。何度も繰り返される言葉。わたしは、何度も「あなたは私を捨てませんか?」と言う。しつこいくらいに。でも、そのたびに、しつこく「見捨てるなんてことしない」と言ってくれる支援者がいるから、日々頑張れる。「この関係を続けていいのか」、そういう不安が強まるたびに、確認作業を続ける。いつかの入院で、担当医が言っていた。「治したい人には治る力がある───」その言葉が支えになっている。治したくない、いや、治ることで全てが変わってしまうのが怖い、今まで不幸に慣れていたのに幸せになっていいのか分からない、そんな気持ちもあるけれど、治したい人には治る力があるというその言葉が私を救ってくれた。

だんだんと、優しい言葉、私を肯定する言葉で、わたしはわたしを取り戻していく。いつか誰がが言っていた、「これからは私の人生」────ああ、私の 生 は始まったばかりだ。

ひたすら好きな歌詞を列挙する

私の人生の支えのフレーズ。

 

・adieu

「あなたが嘘をつかなくても 生きていけますようにと 何回も何千回も願っている/よるのあと」

「あなたの口癖の愛は解けない呪いのようだ/よるのあと」

「持った思い出の全て 悲しみだけじゃ寂しいでしょ/よるのあと」

 

・K

「いつかわかるはず わかるから 言い聞かせた/光るソラ蒼く」

「写真なら捨てた 忘れたいから でも忘れられない 同じ夢を何度も見てしまうよ/光るソラ蒼く」

「今を生きていく 生きている/光るソラ蒼く」

 

Mrs. GREEN APPLE

「大丈夫だよ 貴方のその声は 少なくとも貴方が気づけているから/愛情と矛先」

「大丈夫だよ。安心して。 君の強さは偉大なものだ/愛情と矛先」

「「まだ生きたりないな」「もう死にたいな」「もう嫌だ逃げていたいな」「あそこが羨ましいな」/アウフヘーベン

「大丈夫 心配ないよ。 大勢が傷つくだけ/アウフヘーベン

「「弱い人ばっか居ます」この世は弱い人ばっかいます。 そんなとこだけでも 何処かに響けば良いなと思っています/Attitude」

「あれだけ言ったのにバカね 期待をしたら惨めなだけと/ア・プリオリ

「求められている人を妬ましく思う "私”は哀れ ホント哀れ/ア・プリオリ

「悪い人ではなく弱い人 その違いが君には解るかな/ア・プリオリ

「愛を信じますか?協和を願いますか? どうでもいいんですか じゃあ、気にしてるフリですか?/アボイドノート」

「アレもしたい コレもドレもソレも やってみたい様な感じ でもいつかは選ばなきゃいけないなんて怖いな/アンゼンパイ」

「正直自分の能力なんて自分が一番分かってるつもりです そのつもりでした。 誰かの評価で決まるんだよね/アンゼンパイ」

「正直「全ての出来事なんていつか終わりが迎えに来ます」 わかってます、そのつもりでした。 だから悲しくならぬように逃げてるの。/アンゼンパイ」

「なんだって 別れが来る それなら やったほうがいいな/アンゼンパイ」

「Baby 悲しまないで 迷いそうなら 大きく息を吸って/In the Morning」

「楽しいことが少ないから批判的になるんだろう?/In the Morning」

「輝けばいつか光も絶える/インフェルノ

「傷は癒え 明日に期待をしてみても 生まれ持った呪いがさ 解けてしまったら 私じゃないから/WaLL FloWeR」

「その「価値」が決して全てではないのだ/WaLL FloWeR」

「寄り添え合えたら どれだけの不幸をも 愛おしく思えてくるんだろうな/嘘じゃないよ」

「死にたくないから忘れないで お願いどうか 生かしていて/L.P」

「嫌いたくないから そろそろじゃあね/L.P」

「貴方はその傷を 癒してくれる人といつか出会って 貴方の優しさで 救われるような世界で在ってほしいな/我逢人」

「貴方は優しさで 傷を負う日もあるけど笑って でも貴方の微笑みだけじゃ 救われない世界が心底嫌いになりそうだ/我逢人」

「痛み止め飲んでも消えない胸のズキズキが 些細な誰かの優しさで ちょっと和らいだりするんだよな/ケセラセラ

「ひとりぼっちだと気付いても 繋がりは消えるわけじゃない/ケセラセラ

「「憧れ」「理想」とたまに喧嘩をした どうしても仲良くなれなかった/春愁」

「あなたが笑うなら なんでもいいや 世界は変わりゆくけど それだけでいいや/春愁」

「報われない気持ちが続いてく毎日で 救われない人達がいるのが現実で/ゼンマイ」

「思い出は歩いてきた証だと この傷が教えてくれる/Soranji」

「裏切りが続こうが 「大切」が壊れようと なんとか生きて、生きて欲しい。/Soranji」

「いつまでも いつまでも 続いて欲しいと願っている/点描の唄」

「おはよう また今日が始まったね おやすみを云うまでの辛抱だ/Hug」

「いつも僕は自分に言い聞かせる 明日もあるしね。/僕のこと」

「痛みだす人生単位の傷も 愛おしく思いたい/ライラック

「あの頃の青を覚えていようぜ 苦味が重なっても 光ってる/ライラック

 

Official髭男dism

「独りじゃ何ひとつ気づけなかっただろう こんな鮮やかな色彩に/I LOVE…」

「喜びも悲しみも句読点のない想いも 完全に分かち合うより 曖昧に悩みながらも 認め合えたなら/I LOVE…」

「不満ばかり言っても無くならない この思いを 人にいくらぶつけてみても ネガティブが増すだけだろう/Amazing」

「何度失ったって 取り返してみせるよ/イエスタデイ」

「本当はいつでも誰もと 思いやりあっていたい/イエスタデイ」

「ポケットの中で怯えた この手はまだ忘れられないまま/イエスタデイ」

「「何度傷ついたって仕方ないよ」と言って うつむいて 君がこぼした 儚くなまぬるい涙/イエスタデイ」

「非難の声恐れて 無難な生き方貫いて 自分らしさにさえ無関心になって/異端なスター」

「何かを変えたいなら どうか 歌って/異端なスター」

「いつからか 失敗ばっか重なって 自信をなくして落ち込んで 目立つことが怖くなって 尖ってるやつを馬鹿にして だけど何処か羨ましくて/異端なスター」

「「幸福だ」って意地張った 悲しくて1人泣いていた/異端なスター」

「右も左もわからないで ストイックかつ無我夢中になる君のこと羨ましいなんて 少し思ってしまった/ESCAPADE」

「予想通りの雨にお前はにやけて「傷口が綺麗になる」なんて嘘をつく/Cry Baby」

「傘はいらないから言葉を一つくれないか/Cry Baby」

「躓いて来た石ころを 拾ってばかりじゃ すぐ持ちきれなくなるでしょう? この手を開いて ここに置いて行こう しぶといトラウマも全部 払おう/Clap Clap」

「認めたくないんだ 辛いんだ 報われることのない脇役のように ただ傷つくこと以外に何一つできずに/恋の去り際」

「特大の罵声も 受け取るからいっそ いい人なんてやめちゃえよ/最後の恋煩い」

「昨日から続く両足の痛みを笑ってられるのは 壊れて元通りになることを知っているから/されど日々は」

「これから先失うものばかり増えていくんだろう/されど日々は」

「奇跡じゃなくていい 美しくなくていい/宿命」

「「大丈夫」や「頑張れ」って歌詞に 苛立ってしまった そんな夜もあった/宿命」

「名無しの感情 持て余すと 上手く笑えなくなるから 一緒に燃やそう その思いを 語り尽くして笑い合いたい/Stand By You」

「何も言えなくていい/Second LINE」

「それでもつないだありきたりな言葉の先には あり得ないと思っていた奇跡があった/たかがアイラブユー」

「くだらないなと笑ったんなら掴みはそれで万事OK!/115万キロのフィルム」

「ほら、ここで君が笑うシーンが 見どころなんだからさ Ah/115万キロのフィルム」

「僕がうるさいくらいの声量でこの歌何度も歌うよ/115万キロのフィルム」

「クランクアップがいつなのか 僕らには決められない/115万キロのフィルム」

「率先して自分のことけなすのは 楽だけど虚しくて/ビンテージ」

「悲しい過去なんて1つもないのが 理想的だって価値観を持ってた/ビンテージ」

「キレイとは傷跡がないことじゃない 傷さえ愛しいというキセキだ/ビンテージ」

「喜怒哀楽 そして その間にきらめく想いを抱きしめて/ビンテージ」

「もっと違う設定で もっと違う関係で 出会える世界線 選べたらよかった/Pretender」

「正解なんて自分以外に 決められない/未完成なままで」

「友達の描く未来は 数式のようにクリアで焦った/未完成なままで」

「「またね」があれば どんなお別れもましになるね/ラストソング」

「今日が終わるのが 悲しいから 朝日よ2度と出てこないでと/ラストソング」

「限りがあるからこそ 全ては美しいんだと/ラストソング」

「過去があるから幸せを守れるんだとか/LADY」

「痛みだけでも君に残したかった/Rowan」

 

・Uru

「どんな言葉で 今あなたに伝えられるだろう/あなたがいることで」

「向かい風が冷たくて 忘れてしまいそうになるけれど 通り過ぎてきた何気ない日々の中に 僕らの幸せは確かにあった/あなたがいることで」

「傷つくことから逃げていた この心動かすのは 弱さを見せないあなたが 初めて見せた涙/あなたがいることで」

「知らぬ間に増えた傷痕を 指でなぞり前を向いた/頑な」

「失うものあれば必ず見つけられる光もある/心得」

「時に過ちに心が痛もうとも この悔いに学びながら 恐れずまた行け/心得」

「絡まって解けない 糸みたいに 時が経っていくほど 硬く脆くなっていく/ファーストラヴ」

「幸せを願うことさえ怖くて 泣き方もわからずに怯えていた/ファーストラヴ」

「傷つくことを恐れながら 心を隠したりしたけど/remember」

「さよならじゃない 向かい合えずいた寂しさも 帰りたい場所がここにあるだけで それだけで 強さに変わる/remember」

 

・yama

「ここに救いはないよ 早く行っておいで/春を告げる」

「完璧な演出と 完璧な人生を 幼少期の面影は誰も知らないんだ/春を告げる」

 

RADWIMPS

「それでもあの日の 君が今もまだ 僕の全正義の ど真ん中にいる/愛にできることはまだあるかい」

「君がくれた勇気だから 君のために使いたいんだ/愛にできることはまだあるかい」

「何も無い僕たちに なぜ夢を見させたか 終わりある人生に なぜ希望を持たせたか/愛にできることはまだあるかい」

「あなたといる意味を探したら 明日を生きる答えになったよ/いいんですか?」

「明日に希望を持った者だけに 絶望があるんだ 何かを信じた者だけに 裏切りはあるんだ/億万笑者」

「勇者だけに与えられた 名誉の負傷とでも言うのか それにしてはずいぶんと 割に合わないな/億万笑者」

「強い人より優しい人に なれるように なれますようにと/オーダーメイド」

「忘れたい でも忘れない こんな想いを なんて呼ぶのかい/オーダーメイド」

「小さな鼓動 震えるたび 思うのは 僕があなたを守るから/最後の歌」

「理屈に合わないことを どれだけやれるかが青春だとでも どこかで僕ら思ってたのかな/正解」

「喜びが溢れて止まらない 夜の眠り方 悔しさで滲んだ 心の傷の治し方 傷ついた友の 励まし方/正解」

「君がいると 何も言えない 僕がいた/大丈夫」

「君の「大丈夫」になりたい 「大丈夫」になりたい 君を大丈夫にしたいんじゃない 君にとっての「大丈夫」になりたい/大丈夫」

「君があまりにも綺麗に泣くから 僕は思わず横で笑ったよ すると君もつられて笑うから 僕は嬉しくて 泣く 泣く/有心論

「誰も端っこで泣かないようにと 君は地球を丸くしまんだろう?/有心論

 

・あの

「大丈夫じゃない僕をぎゅっと大丈夫にしてくれたね/愛してる、なんてね。」

「ギリギリ生きてる毎日 怒られたら残機減る 出来ること褒めてくれたら 1UP/スマイルあげない」

「君を1人にさせない音楽があるから/涙くん、今日もおはようっ」

「あたしは普通じゃないからとかって いかにも健全な感性 そんなのどこにでもあるから大丈夫/普変」

「ムカつく ちゃんとしてるのにどこかおかしくて 普通があるから苦痛で/普変」

 

あいみょん

「あー、だれにもないものを持っていたいのになぁ/愛を知るまでは」

「憧れて 憧れて 憧れてきたんだ あなた達が魅せた芸術で 私が変わったんだ/憧れてきたんだ」

「泣きたくなったんだ 泣きたくなったんだ 長いはずの一日がもう暮れる/生きていたんだよな」

「「今ある命を精一杯生きなさい」なんて綺麗事だな。/生きていたんだよな」

「結局この世の表現ってのは 同情だけで成り立ってんのかなあ/いつまでも」

「どれだけ最低で どれだけ最悪な生き方でもいい/いつまでも」

「死んだ後に天才だった なんて 死んでも言われたくないもんな/いつまでも」

「それでも 変わらない生活に 一生のお願いとか使えたなら この先を僕じゃない誰かに変えて/風のささやき」

「ああ今日は泣いてみようかな/風のささやき」

「忘れられないものなどなくて 譲りきれない思い出ばかりで いい加減諦めなさいなんて 簡単に言わないで/恋をしたから」

「「いかないで」って走ってゆければいいのに/今夜このまま」

「そんなに多くはいらないから 幸せの横棒ひとつくらいで/今夜このまま」

「やるせない やりきれない よくある話じゃ終われない/今夜このまま」

「どうか この世界のどこかに 私が苦しくないように 肩を貸してくれる人が いるといいな/皐月」

「泥まみれの過去が纏わりつく日々だ/さよならの今日に」

「切り捨てた何かで今があるなら 「もう一度」だなんて そんな我儘言わないでおくけどな/さよならの今日に」

「涙がでることは解る 気持ちが戻らないのも知ってる それなら 辞めてしまいたいけれど/さよならの今日に」

「今にもちぎれそうな雲は まるで僕たちのようだね/ジェニファー」

「君の胸の中でもいつか 思い出してほしいよ/ジェニファー」

「大人になるたびに 夢見てばかりの自分が嫌になり 数えられるほどの 痛みと苦しみで かき消すんだ/19歳になりたくない」

「現実逃避を 繰り返す日々は 思えば楽だった 最高の友達でした/19歳になりたくない」

「手に取れるもの それは全て欲しい けど 今で十分な気がする/19歳になりたくない」

「強くはなりたい でも弱くもありたい 私のままでいたい/19歳になりたくない」

「傷つけあってゆこう 涙を流しましょう お互いを抱きしめて 秘密もたくさん抱えてゆこう/姿」

「君が知っている空の青さを知りたいから 追いかけている 追いかけている/空の青さを知る人よ」

「いったいこのままいつまで 1人でいるつもりだろう だんだん自分を憎んだり 誰かを羨んだり/裸の心」

「焦らないでいい いつか花束になっておくれよ/ハルノヒ」

「どうか未来が こちらに手を振ってほしい/ハルノヒ」

「だいたいのことでは傷ついてきた 恋仕事生活家族や 捨ててしまいたいと悩む事ばかりだよ 繋ぎ止めたいと思うことばかりなんだよ/ひかりもの」

「小さな嘘で 誰かを傷つけたり 人は必ず後悔する/漂白」

「どうしようもなく 心が汚れた日は あの日を思い出して洗い流す 心を優しい泡で洗い流す/漂白」

「運命の人に出会うまでは傷が絶えないかもだけど/双葉」

 

・こっちのけんと

「怒り抱いても優しさが勝つ あなたの欠けたとこが希望/ギリギリダンス」

「救われたのは僕のうちの1人で/ギリギリダンス」

 

・ヨルシカ

「空っぽな自分を今日も歌っていた/藍二乗」

「あの頃ずっと頭に描いた夢も大人になっていくほど時効になっていく/藍二乗」

「転ばないように下を向いた 人生は妥協でできてる/藍二乗」

「人生は妥協の連続なんだ そんなの疾うにわかってたんだ/藍二乗」

「ずっとおかしいんだ 生き方一つ教えて欲しいだけ/雨とカプチーノ

「歌え 人生は君だ ずっと君だ 全部君だ/雨晴るる」

「生き急いで数十年 許せないことばかり/エイミー」

「言葉だって消耗品 思い出は底がある/エイミー」

「許せないことなんてないんだよ 君は優しくなんてなれる/エルマ」

「何も見えなくたって 何も言わなくたって 誰も気付かなくたって それでもわかるから/雲と幽霊」

「君の人生になりたい僕の、人生を書きたい 君が残した詩のせいだ 全部音楽のせいだ/心に穴が空いた」

「忘れたいことが多くなって 諦めばかり口に出して/心に穴が空いた」

「人を呪うのが心地いい、だから詩を書いていた/思想犯」

「さよならの後の夕陽が美しいってこと、君だってわかるだろ/思想犯」

「誰かに気付いてほしくて歌っている/準透明少年」

「どんな伝えたい言葉も目に見えないなら透明なんだ/準透明少年」

「追いつけないまま大人になって 君のポケットに夜が咲く/ただ君に晴れ」

「写真なんて紙切れだ 思い出なんてただの塵だ それがわからないから、口を噤んだまま/ただ君に晴れ」

「辞めた筈のピアノ、机を弾く癖が抜けない/だから僕は音楽を辞めた」

「正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ/だから僕は音楽を辞めた」

「心臓が煩かった 歩くたび息が詰まった/八月、某、月明かり」

「この胸の痛みは気のせいだ わかってた わかった振りをした/八月、某、月明かり」

「ずるいよ、優しさってやつちらつかせてさ ずるいよ全部/爆弾魔」

「乾かないように想い出を 失くさないようにこの歌を/パレード」

「忘れないように 君のいない今の温度を/パレード」

「言葉って薄情だ 水圧で透明だ/憂一乗」

 

 

・米津玄師

「あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ/アイネクライネ」

「今痛いくらい幸せな思い出が いつか来るお別れを 育てて歩く/アイネクライネ」

「あなたにあたしの思いが全部伝わってほしいのに 誰にも言えない秘密があって 嘘をついてしまうのだ/アイネクライネ」

「消えない悲しみも綻びも あなたがいれば それでよかったねと笑えるのが どんなに嬉しいか/アイネクライネ」

「お願い いつまでもいつまでも越えられない夜を 越えようと手をつなぐ この日々が続きますように/アイネクライネ」

「産まれてきたその瞬間にあたし「消えてしまいたい」って泣き叫んだんだ/アイネクライネ」

「あなたはいつものように眠って あたしは鏡の中でひたすら 悪夢が遠のくように祈った/あたしはゆうれい」

「おねがいよ あなたのその一言で あたしの体に血を巡らせて/あたしはゆうれい」

「空っぽの花瓶に活ける花を探している/amen」

「悲しい思い出はいらないから ただただ美しい思い出を 祈りの言葉を/amen」

「どうかわたしのこの心を 赦してくれやしないか/amen」

「さあ今夜逃げ出そうぜ ありったけのお菓子もって きっと役に立つと銃も携えて/Undercover

「どんな今も呑み込んでいけば過去に変わっていく/Undercover

「誰がどんなに疑おうと 僕は愛してるよ 君の全てを/アンビリーバーズ

「何されたって 言われたっていい 傷ついても平気でいられるんだ だから手を取って 僕らと行こうぜ ここではない 遠くの方へ/アンビリーバーズ

「誰のせいにもできないんだ 終わりにしようよ 後悔の歌は/アンビリーバーズ

「今は信じない 果てのない悲しみを/アンビリーバーズ

「こんなに世界が広いこと 知らずにいたんだな/ウィルオウィスプ」

「今もあいたいよ でもね僕は行くよ/ウィルオウィスプ」

「この夜が続いて欲しかった/打上花火」

「何度でも 言葉にして君を呼ぶよ/打上花火」

「もう、ありとあらゆる不幸を 吸い込んだような顔してないで/WOODEN DOLL」

「ああ、恐ろしいことばっかだ 楽しむことさえもそう もう、後になって思い出に ぶん殴られるのが嫌なんだ/WOODEN DOLL」

「絶望や諦観が どれほどの痛みを生むのか 他の誰かにわからない あなただけが正しさを持っている/WOODEN DOLL」

「自分嫌いのあなたのことを 愛する僕も嫌いなの?/WOODEN DOLL」

「あなたが思うほどあなたは悪くない 誰かのせいってこともきっとある/WOODEN DOLL」

「痛みを呪うのを やめろとは言わないよ それはもうあなたの一部だろ/WOODEN DOLL」

「疲れたその目で何を言う 傷跡隠して歩いた そのくせ影をばら撒いた 気づいて欲しかった/馬と鹿」

「終わるにはまだ早いだろう/馬と鹿」

「あなたの抱える憂が その身に浸る苦痛が 雨にしな垂れては 流れ落ちますように/海と山椒魚

「あなたが俺を忘れるなら どれほど寂しいだろう/海と山椒魚

「今なお浮かぶ この思い出は どこにも落とせはしないだろう/海と山椒魚

「あなたが迷わないように空けておくよ 軋む戸を叩いて/海の幽霊」

「大切なことは言葉にならない/海の幽霊」

「割れた鏡の中 いつかの自分を見つめてた 強くなりたかった 何もかもに憧れてた/M八七」

「今は全てに恐れるな 痛みを知る ただ一人であれ/M八七」

「それでまだ歩いてゆけること 教わったんだ/orion」

「夢の中でさえどうも 上手じゃない 心具合/orion」

「今なら どんな困難でさえも 愛してみせられるのに/orion」

「人を疑えない馬鹿じゃない 信じられる心があるだけ/かいじゅうのマーチ」

「人いきれの中を あなたと歩いたこと 振り向きざまに笑う顔を 何故か思い出した/カナリア

「あなたの指先が震えていることを 覚えていたいと思う/カナリア

「いいよ あなたとなら いいよ 二度と この場所には戻れないとしても/カナリア

「あなたを何より支えていたいと 強く 強く 思う/カナリア

「いいよ あなただから いいよ/カナリア

「あの人の言う通り いつになれど癒えない傷があるでしょう/カムパネルラ」

「失ったつもりもないが 何か足りない気分/感電」

「きっと永遠が どこかにあるんだと 明後日を探し回るのも 悪くはないでしょう/感電」

「今を確かに欲しがっていた その末に手にとったのは 僕が欲しかった今じゃない 過去の色した別のもの/KARMA CITY」

「失くしても壊れても奪われたとしても 消えないものはどこにもなかった/がらくた」

「例えばあなたがずっと壊れていても 二度と戻りはしなくても 構わないから 僕のそばで生きていてよ/がらくた」

「何にも役に立たないことばかり教えて欲しいや/眼福」

「きっとあなたと私はいつまでも一緒にいられない 何か食べようか ここで話をしようか/眼福」

「望むのは簡単だ あなたのいる未来が ただこの目に映るくらいでいい 私はそれで眼福さ/眼福」

「「止まない雨はない」より先に その傘をくれよ/KICK BACK」

愛されたいのは 悲しくなるから/首なし閑古鳥」

「あなたによく似た言葉探しては 灯りを焚いて話がしたい/首なし閑古鳥」

「好きなことが少なくなり 嫌いなことが 沢山増えた/恋と病熱」

「言いたいことがだんだん増えて 言えないことが沢山増えた/恋と病熱」

「誰も嫌いたくないから ひたすら嫌いでいただけだ/恋と病熱」

「愛していたいこと 愛されたいこと 望んで生きることを 許してほしい/恋と病熱」

「君みたいに 優しくなりたいだけ/ごめんね」

「誰かを愛したくて でも痛くて いつしか雨霞/さよーならまたいつか!」

「生まれた日からわたしでいたんだ/さよーならまたいつか!」

「今呪いをかけられたままふたりでいくつも嘘をついて 歩いていくのだろうか/サンタマリア」

「手をつなごう 意味なんてなくたって/サンタマリア」

「いつの日か気づいたら 作り笑いが上手くなりました/懺悔の街」

「散々痛い目に遭った 毎日を消して/ししど晴天大迷惑」

「頬に手を伸ばした 壊れそうでただ怖かった/春雷」

「きっとまたあなたは優しくなって 私に花を贈るのだろう それでも私はさびしくて また涙を裂いて笑うのだ/心像放映」

「睫毛の下から絵の具のような心の一部が落ちていく/心像放映」

「がらくたみたいな心でも 何かプレゼントできるかな/心像放映」

「ねえどうして、そうやってあたしのこと馬鹿にして 優しさとか慰めとか与えようとするの? その度に惨めな思いが湧いてきて どうしようもない気持ちになるってわかってないの?/シンデレラグレイ」

「自分の好きなように生きていけばいいって 知っている筈なのにさ 忘れちゃうんだ いつもいつもいつも/シンデレラグレイ」

「思い出したくもないようなことがいつまでも消えないな ぐしゃぐしゃの頭の中 一つも整理がつかずに また思い出した/シンデレラグレイ」

「あなたという不自由だけが あたしを自由にしていたんだって 気づいてしまったんだ/シンデレラグレイ」

「痛む心 癒えないのは 無様なほどに 期待してるから/シンデレラグレイ」

「消せない傷も消えないまま/旅人電燈」

「季節の中ですれ違い 時に人を傷つけながら/地球儀」

「この道が続くのは続けと願ったから/地球儀」

「なんでもないさ そうさ痛み回避して生きられない/TOXIC BOY」

「レールの要らない僕らは 望み好んで夜を追うんだな/ドーナツホール」

「何も知らないままでいるのが あなたを傷つけてはしないか それで今も眠れないのを あなたが知れば笑うだろうか/ドーナツホール」

「過ぎたことは望まないから 確かに埋まる形をくれよ/ドーナツホール」

「この胸に空いた穴が今 あなたを確かめる ただ一つの証明/ドーナツホール」

「何もないこの手で掴めるのが残りあと一つだけなら それが伸ばされた君の手であってほしいと思う/Nighthawks

「あまりにも綺麗だと恐ろしいから 汚れているくらいがいい/Nighthawks

「遠く離れたものは美しくみえてしまうから/Nighthawks

「誰もいない未来で起きた呼吸が 僕らを覚えていますように/ナンバーナイン

「痛むことが命ならば 愛してみたいんだ 痛みも全て/ナンバーナイン

「お前が許せるくらいの 大人になれたかな/Neighbourhood」

「どれだけ背丈が変わろうとも 変わらない何かがありますように/灰色と青」

「「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と 無邪気に笑えた 日々を憶えている/灰色と青」

「どれだけ無様に傷つこうとも 終わらない毎日に花束を/灰色と青」

「悲しくて歌を歌うような わたしは取るに足りなくて/花に嵐」

「翼さえあればと 灰を前に嘆いていた 鳥のように飛んでいく あの雲に憧れて/飛燕」

「傷に傷を重ねて また誰かが泣いている/飛燕」

「ただ進んでいけ/飛燕」

「悲しくて飲み込んだ言葉 ずっと後についてきた/vivi」

「あなたへと渡す手紙のため いろいろと思い出した どれだって美しいけれども 一つも書くことなどないんだ/vivi」

「どうにもならない心でも あなたと歩いてきたんだ/vivi」

「不甲斐なくて泣いた日の夜に ただ強くなりたいと願ってた そのために必要な勇気を 探し求めていた/ピースサイン

「いつだって目を腫らした君が二度と 悲しまないように笑える そんなヒーローになるための歌/ピースサイン

「知りたいことがいくつもあるというのに 僕らの時間はあまりに短く/Flowerwall

「離せないんだ もしも離せば 二度と掴めないような気がして/Flowerwall

「壊そうと思えば瞬く間に 壊せてしまうものを 僕はまだ壊れそうなほど 大事に握りしめている/フローライト」

「誰かのせいにしてしまいたい それすらどうも難しい/ぺトリコール」

「あなたが見据えた未来にわたしもいたい/Pale Blue」

「誰かが歪であることを 誰もが許せない場所で 君は今どこにも行けないで 息を殺していたんでしょう/ホープランド」

「いわれのない噂や 穢れきったあの言葉に 惑わされないでおくれ それが世界の全てじゃない/ホープランド」

「自分のことを愛せぬまま 何も選べないまま 逃げ出すことさえできない 君をいつも見ていた/ホープランド」

「目を開け そうだ少なくとも 自分の塗った色くらいはわかるだろうが/ポッピンアパシー

「光るだけが全てならば この世界はあまりに暗いのに/毎日」

「ほら 君は一つずつ治しながら生きているよ/街」

まちがいさがしの間違いの方に生まれてきたような気でいたけど まちがいさがしの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う/まちがいさがし

「正しくありたい あれない 寂しさが 何を育んだでしょう/まちがいさがし

「間違いか正解かなんてどうでもよかった/まちがいさがし

「過ぎ去ってしまった日々は二度と戻らないと知った あの日の記憶も 遠く触れないまま/ミラージュソング」

「何も手に入れちゃいないのに 失くしていく気がするんだ どうして/ミラージュソング」

「わたしこそが地獄を望んだんだと 認めなければ そろそろいけない/Moonlight」

「今日がどんな日でも 何をしていようとも 僕はあなたを探してしまうだろう/メトロノーム

「この部屋に立ちこめた救えない憂鬱を おいしそうによく噛んであなた飲み込んだ それにどれだけ救われたことか 多分あなたは知らないな/メランコリーキッチン」

「あなたみたいに優しく生きられたならよかったな/優しい人」

「声を出せるような喜びが 君に宿り続けますように/ゆめうつつ」

「痛みも孤独も全て お前になんてやるもんか/ララバイさよなら」

「もうどこにも行けやしないのに 夢見ておやすみ/LOSER」

「戻らない幸せがあることを 最後にあなたが教えてくれた/Lemon」

「言えずに隠してた昏い過去も あなたがいなきゃ永遠に昏いまま/Lemon」

「きっともうこれ以上 傷つくことなど ありはしないとわかっている/Lemon」

 

粗品

「運命を神様に 絶対に委ねない 勇敢な君の歌/オーディンの騎行」

「進む大人の青春 見よ堂々たる俺の生き様を/オーディンの騎行」

「なんとなくの毎日 過ごしているだけで 何もしてない 気がして辛いなんて いやいやいやいやいやいやいやあなた毎日戦ってますよ/オーディンの騎行」

「昨日までの自分は置いていくよさようなら/サルバドルサーガ」

「レンズで指を隠すと 生まれ変わっちゃう/サルバドルサーガ」

「逃げも隠れもしないから 世界が変われよ/サルバドルサーガ」

「朝、生きて 昼、生きて 夜、生きて 今、生きてる そんなあなたを愛してる 偉い偉すぎる/サルバドルサーガ」

「これまでも本気出してたはずだったけど これからはもっと本気出す/七赤シジジー

「大丈夫大丈夫 絶対絶対大丈夫/絶対大丈夫の歌」

「どうしても一人きりで しゃがれても染めていく/宙ぶらりん」

「考えること 整理したくて まだ朝は来ないで欲しい/宙ぶらりん」

「ただ一人にも嫌われたくない 芯のない道化師が嫌い/宙ぶらりん」

「神様なんて いないってことが 決定した冬/はるばらぱれ」

「最近どうしてかな 夢を見なくて ずっとこの世界にいなくちゃいけない/普通幻想曲」

「ああ 私は そんなに変ですか?/ぷっすんきゅう」

「眠れない昼あなたもそうなの?/ぷっすんきゅう」

 

ポルノグラフィティ

「嘘をつくくらいなら 何も話してくれなくていい あなたは去っていくの それだけはわかっているから/サウダージ

「涙が悲しみを溶かして 溢れるものだとしたら その滴ももう一度飲みほしてしまいたい/サウダージ

「あなたに会えた それだけでよかった/アゲハ蝶」

「あなたが望むなら この身など いつでも差し出していい/アゲハ蝶」

 

土岐麻子

「無理だと解ってても 無理して笑って 疵ついてしまうの/深海のリトルクライ」

「伝わらない現実にただ幸せだって強がった/深海のリトルクライ」

 

記憶を物語に乗せて

「「僕も、お父さんもお母さんも、みんながみんな、たからもの」ーーお父さんの言葉に、クマくんは照れくさそうに笑い、そう言うのでした。みんな、それぞれが大切な宝物なのです。」

 

クマくんは、私だ。幸せになりたかった、私。”一人一人が大切な存在、みんなが宝物”という題材で作ったシナリオ。劇を作るにあたっての基盤。

 

高校3年生になった私は、半年かけて「人形劇」を作ることになった。授業の一環である。シナリオはコース生全員から募集して、先生たちの投票によって決められた。その頃私はよくトラウマや性被害を題材とした絵本を読んでいた。ありふれた物語の中に、メッセージ性を残せたら。そう思って、私は劇のシナリオを書き始めた。

当時の私は仲のいい女子が4人、保育科は楽しく、先生にも恵まれた日々を送っていた。それでも、過去の確執から逃れられず、毎日苦しい思いをしていて、涙を流しながら頓服を流し込む生活をしていた。わたしが小さいときにかけて欲しかった言葉を考えながら劇のシナリオを考える。そのたびに悪夢を見る。フラッシュバックをする。「今、これは考えるべきではない」と思いつつも、シナリオの期限は刻一刻と迫るのだ。頭を捻って唸りながら考えた答えは、「自己肯定感」というワードからなる、「あなたはあなたのままで、そのままでいい、それで十分素敵」というメッセージだった。シナリオをガリガリと書き進める。止まらない手の震えを抑えながら、机が傷つきそうな程に強い力で、文字を書く。覚書程度で申し訳ないが、以下がシナリオである。

 

クマくんは今日もゲームをして遊んでいました。

クマくんには1歳になる妹のクマちゃんと、お父さんとお母さんがいます。お母さんからはよく怒られるので、怒られない妹がちょっと羨ましいと思っています。

今日も変わらない1日…で終わる、はずでした。

ひょんなことで始まったお母さんとの喧嘩。

 

「ゲームしてるならこっちの玩具は片付けなさい」

「あとでやろうと思ってたんだよー」

「じゃあ今やっちゃいなさい」

「うるさいなあ、お母さんなんて嫌いだ!」

「そんなこというクマくん、お母さんも嫌いです!」

「もういいよ!!」

 

クマくんは家を飛び出していってしまいました。

森の中を歩いていると、だんだんとお母さんに謝りたい気持ちになってきます。

でも、今更どんな顔で戻ればいいのか、どうやって謝ればいいのかわかりません。

どうしよう…と悩んでいた、そのときでした。

 

「やあ、クマくん、暗い顔してどうしたの?」

 

声の主は、隣の家に住むうさぎさんでした。

クマくんはうさぎさんに相談をしてみることにしました。

 

「…そうか、そんなことがあったんだね。」

「僕は悪い子だからもう家に入れてもらえないかな」

「そんなことはない!謝りたい気持ちがあるなら、素直にそれを伝えるのが1番いいと思うよ。君のことは、お母さんがよーくわかっているから。」

「素直に伝えられるかな…」

「クマくんは何が不安なんだい?」

「僕はクマちゃんがいるからいらないんじゃないかな。だからお母さんも僕を叱るのかもしれない。」

「お母さんがそう言ったのかい?」

「そうじゃないけど…」

「あのね、君の思っている気持ちをそのまま話してごらん。きっと悪いことにはならないから、安心して」

「…わかった。ありがとう!うさぎさん。頑張ってみるよ!」

「私も隣の家から応援しているよ。」

 

うさぎさんの言葉を聞いて、家に戻ろうとするクマくん。だけどもクマくんには不安がありました。それはお母さんに許してもらえるか、ということと、お母さんはクマちゃんがいるなら僕のことなんていらないんじゃないか、ということ。ぐるぐると悩んでいるけれど、結局は家の前に着きました。

 

クマくんのお母さんは家の前でクマちゃんを抱っこしてクマくんを探しているようでした。お家に帰ってきたお父さんも、クマくんを探すのを手伝っていました。

 

 

クマくんはそんなお母さんを後ろからぎゅっと抱きしめて、こう言いました。

 

「お母さん、ごめんなさい。僕、ゲームがしたくて、お母さんに当たっちゃった。それに、クマちゃんがいるから僕なんていらないって思ったんだ」

 

そんなクマくんに、お母さんは言います。

 

「謝れてえらいね。クマちゃんにつきっきりになってしまっていたけど、お兄ちゃんとばかり呼んでしまったけれど、クマくんはクマくんなんだよ。大切な存在だよ」

 

近くを探していたお父さんがクマくんとお母さんとクマちゃんに気づき、近付きます。

お父さんは言いました。

 

「お父さんも、お母さんも、クマくんもクマちゃんも、それぞれ違う存在で、みんな大切。みんながみんな、たからものなんだ。」

 

クマくんはハッとした顔になり、そのあと微笑みました。

「僕も、お父さんもお母さんも、みんながみんな、たからもの」ーーお父さんの言葉に、クマくんは照れくさそうに笑い、そう言うのでした。みんな、それぞれが大切な宝物なのです。

 

劇のシナリオを書き上げたとき、私は高揚感に包まれていた。少し怒りっぽいお母さんは自分の母親がモデル。寡黙だけどいいことを言うお父さんは自分の父親がモデル。クマくんは私で、クマちゃんは弟。この物語は、誰かに伝えたい私のあったらよかった過去の話だったのである。

私は虐待のストレスと産まれてくる弟を大切に、守るために必死になる気持ちを同時期に抱えていた。それは、とても、重くて、苦しい。帯状疱疹になり、自分でもこれだけのストレスを抱えていたという事実に気付いた小学2年の秋のことだった。

この物語には私が伝えたかったこと、いや、自分がこうであったらよかったのに、という思いが詰まっている。

 

お母さんにわがままでいたかった。

お母さんに口答えできる力が欲しかった。

家から飛び出す勇気があったら。

相談できる相手がいれば。

「あなたが大切」と言ってくれる人がいれば。

弟に愛情と共に劣等感を抱かずに済めば。

お母さんに抱きしめてもらえれば。

話をしっかり聞いていてもらえれば。

お父さんから抱きしめてもらえれば。

 

結局、このシナリオは採用され人形劇の制作が始まった。その話はまたいつか。

さよならじゃない

暗い部屋に光が差し込み、きらきらと散った埃が輝く。それを、ぼんやりと見つめる。ふと、フラッシュバックするのは過去の外の倉庫に押し込められた頃の記憶。ドアの隙間から朝日が微かに入り込むと、きらきらと埃が輝くのだ。それが綺麗で、私は泣きそうになりながらも、それをぐっと堪えた。喘息になったのは、ハウスダストまみれの倉庫に何度も閉じ込められてからだった。ある意味で、後遺症として、ずっと私の中にあり続けるのだ。

夕日、朝日、星空。多分、普通の子どもよりも、見る回数が多かったと思う。家を追い出されるたびに、私は空を見上げていたから。それが癖になって、気が付くと上を向くことが増えていた。綺麗な空を見てから、ゆっくり目を閉じると、頭の中にも情景が浮かぶ。そして、イマジナリーフレンドが現れて、「やあ、○○ちゃん。また追い出されちゃったの?」「うん、でも今日は早めに家入れて貰えると思うんだよね」なんて会話を繰り広げる。この頃の私にはイマジナリーフレンドがいなければ、死んでしまっていたと思う。イマジナリーフレンドの稚依ちゃんが、私の唯一の友達だった。稚依ちゃんはもういないのか、それとも解離の人格として存在するのかはまだわからないけれど、私が稚依ちゃんとお別れしたのは、震災の日だった。東日本大震災。あの日から、稚依ちゃんはいなくなってしまった。どんなに想像しても、頭の中で呼びかけても、稚依ちゃんはいなくなっていた。チイちゃん。どこに行ったの。どこに消えてしまったの。私の唯一の友達だったのに。今も、存在しないことはわかっているのに、どこかで探し回っている。稚依ちゃんが、実在すればよかったのに。そんな都合のいいことを考える。今の私には、実在する私を助けてくれる人間がたくさんいる。だけど、きっと、稚依ちゃんを超える子なんて現れないのだ。悲しいけれど。でも。頭の中でつくりあげた都合のいい存在よりもいい存在なんて、なかなかない。わかってる。

今になっても稚依ちゃんを、思い出す。

 

明るい部屋で、楽しいことを考える。

私はどちらかというと創造力に富んだ少女だったので、絵を描いたり、工作をしたり、色々なことをした。その根源にはいつも「褒めて欲しい」「認めて欲しい」気持ちがあった。時々明るい部屋で癇癪を起こした。暗い暗い倉庫に閉じ込められることの多かった私は、暗い部屋が怖くなるのではなく、逆に明るい部屋に恐怖を感じていたのだ。私の唐突な癇癪も、連絡帳を伝って母親に伝わる。そうすると、まだ怒鳴られて、蹴られて、殴られて、倉庫の中に押し込められるのだ。

倉庫の中は怖かった。怖かったけど、稚依ちゃんと話せる時間でもあったから、楽しみでもあった。倉庫の中で笑ったり、はしゃぐ私に、母親は心底怯えたそうだ。「なんて気持ちの悪い子なんだ」それを皮切りに、また追い出されて、倉庫に閉じ込められる。私は稚依ちゃんと話す。その繰り返し。けれど、小学1年の春、3月11日に、全てが変わってしまった。稚依ちゃんはいなくなってしまったのだ。急に倉庫に閉じ込められるのが、追い出されて暗空を見上げるのが、1人で時間を過ごすことが、怖くなった。必死に許しを乞うて、私は母親に泣きついた。ごめんなさい、ごめんなさい。私が悪かったです。だから、許してください。そう言うと、「お前は自分が何に対してどのように悪かったのかを理解していない。そんな子うちにはいらない」と言われて、インターフォンの音は切れる。

少し記憶が薄れているが、でも確かに覚えている、小学生中学年の頃、外に追い出されて裸足で外に立っていたとき。泣いている私を、「どうしたの、家来る?寒いなら抱きしめてあげるよ」と宥めてきた知らないおじさん。私は、恐怖でしかなくなって、必死にドアをバンバン叩いて、親はキレながらだったが家に入れてもらい、事なきを得た。「ごめんなさい。知らない人に声をかけられて、怖くて」と伝えると、「面倒ごとはよしてよ」とだけ言われ、今度は玄関の足場での正座の時間が始まった。正座をするとじーんとする。それを超えると無になる。同じように、足もある程度まで冷たくなると、なんだか暖かいような気がしてくるのだ。家の中に入れてもらえる頃、水で濡らした雑巾を投げつけられるがそれが暖かく感じてしょうがない。とてつもなく、情けなかった。そんな情けない日々を過ごしていた。

 

意味のない日々は、私を殺した。いや、私ではなくて、私の感情を、殺した。ただ殴られ蹴られを繰り返す人生に意味を感じることなんてできなかった。どうしてみんなは幸せそうなのか、わからなかった。なんとなく違和感を覚えつつも、私はみんなの家もこうなのだと思っていたから。だけど、話をすると辻褄が合わないから、私もみんなに話を合わせる。

「うちのママは、平日はお菓子作りをして私の帰りを待ってる。あったかいこたつの中で勉強を教えて貰って、土日はパパと一緒にお出かけする。」

出来上がった虚像は、あまりに虚しかった。

 

本当に仲のいい子には、本当の話をしたりした。「実は、母親から暴力を受けていて、家から追い出されることもある。逃げ場がなくて、裸足で外に立つことが虚しい。」それを聞いた友達は、「寒いときに家から追い出されたら私の家においでよ」「靴貸すから裸足で追い出されたらおいで」と。暖かかった。慈悲の心を感じた。だけど、それもそれで、虚しかった。

当時はまだ児童相談所の認知率が低かった。近所の人も見て見ぬふりで、私も口を閉ざしていたから、支援に繋がる手立てはなかった。保健室の先生とは仲がよかったけれど、普段されていることを話す気には到底なれなかった。

 

どんどんフラッシュバックしていくから、頭が、文章がまとまらない。これでよかったのかと自問自答するのも、少しだけ疲れてしまった。過去を思い出す作業は、私の心を抉る作業でもある。周囲と比べて、落ち込んで、奇怪な方法で虐待を乗り越え、従順に母親に従うさまは、さも愉快で、下劣だっただろう。殺してくれと願った夜は何度あったか。逆に生きたいと、死にたくないと思ったことは何度あっただろう。

記憶を振り返ると、辛い思い出ばかりだったけど、最近はそうでも無い。ありふれた幸せに身を任せながら、なんとか日々を送っている。その他大勢が言っていた「生きてればいいことあるよ」を体現している。私はそんな無責任な言葉をかけたくはないのだけれど、人生に絶望しているときは「もう散々だ、どうしようもない、死ぬしかない、今の自分には死しかないんだ」と思っていたから、そうでもないんだなと感じるのは有難くもある。絶望だらけの人生に、光がさした瞬間。それはやっと大学に入れた頃の話で、私にとってはあまりにも遅かったけど。平和な日々が今あるからこそ、こうして生きていられているんだと思うのだ。

 

「お前なんて、産まなきゃ良かった!」

 

言われたくなかった言葉。1番、苦しかった。つくったのは、産むって決めたのは、どこの誰なの?私、意見しましたか?産んでくださいって言いましたか?お腹の中で動き回るのが同意ならば、お腹の中で自殺でもしてればあなたたちは後悔しなかったのかもね。でも、お腹のなかは快適でした。ぬるいような、熱いような羊水に包まれて、あのままずっと出て来れなかったらよかったのに。産まれたからいけないのかもしれない。

 

1/2成人式で渡した手紙。「いつもめいわくかけてごめん」。第1文がそんななんて、誰が予想したか。しかも私の手に戻ってきているということは、受け取ってさえもらえなかったわけだ。悔しい、というか、虚しい。私の価値を知らされたようで、少し泣きそうになる。

思い出のカケラを集めてみても、どうしても見つからないピースがたくさんある。20になって今更だけどそれを模索し始めて、「誰も怒らない家族でのお出かけ」が決行されたときには、思わず泣いた。泣いて泣いて、「わたし、生きててよかったんだ」と感じた。たった一度、幸せだっただけで。それくらい、渇望していたものだったんだ。

 

カケラを拾い集める。まだ全ては見つからない。空いた穴は塞がらない。それでも探し続ける。見つからないからと言って諦めない。私の人生だから。私が諦めたら、もう全てが終わってしまうから。

 

今日も探す。

 

楽しい日々を過ごしたあのジェラート屋さん、父親が楽しそうな顔をした釣具屋さん、みんなでアイスを買った大きなドンキ。車で行ったあの牧場。

 

忘れない、忘れない、忘れない。